第一話  明日の歴史を書き換えろ!

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 「このプロイセンのジャガイモどもに、フランスの誇りを踏みにじった償いをさせねばならぬぞ」  「我らの美しいフランスの地から、ジャガイモ軍を一人残らず叩き出してくれるわッ」、その固い決意が、マザラン枢機卿をただの霊から、妖力溢れる怨霊に進化させたのである。  ナチスドイツを滅亡に導く導火線を自負するマザラン枢機卿は、1944年8月25日のパリ解放のその日まで、レジタンスを陰から助けつつ、パリにのさばるナチスドイツをつぶさに観察した。  やがて人間を長く研究してきた彼の眼に、ナチスドイツ軍特有の多重構造が見えてきた。  陸軍が主導で陥落させたパリにもかかわらず、陸軍の元帥はヒトラーの秘密警察である親衛隊とゲシュタポが街を好きなように蹂躙するのを、指をくわえて見ているだけなのだ。  陸軍も海軍も空軍も、軍の上層部と言えども、親衛隊(SS)には逆らえないらしい。  そこで、親衛隊を調べた。  「血統書が必要な軍隊とはなんだ?」、意味不明だが。それほどナチの総統・ヒトラーの、白い肌に金髪碧眼のアーリア人への信仰に近い憧れは、常軌を逸していた。  そのアドルフ・ヒトラーも、しっかりと観察。  「意味不明なヤツ」だが、コイツの人心掌握術は大したものだと、驚きの眼を見張った。人を熱狂させる術も、拙い事が起こった時のスケープゴートにユダヤ人を選んだ目の付け所も、なかなかにシャープ。  だが、マザラン枢機卿は知っている。  強いリーダーの姿に酔い、巧みな演説の熱で炙られた人々の熱狂も、何時かは冷める時がかならず来る。  一刻は。スケープゴートの標的として目の前に饗された、ユダヤ人への常軌を逸する惨殺ゲームにのぼせて上がった人々を、うまく統制できたとしても。  ソンナまやかしなど、永遠には続かない。  しかもナチの親衛隊が徹底的にやっているユダヤ人狩りは、やがて経済的な破綻を呼び寄せる危険も内包している。 (そこをアドルフ・ヒトラーは、十分に理解しているのだろうか?)  それは有史以来、どの文明も直面してきた問題だった。  どこの国の、どんな国王も。何時までも戦争を続行させることなど、絶対に不可能なのだ。  何時かは、占領した地域を統治しなければならない時が来る。その時に経済を支えるのが、金融の世界に精通したユダヤ人なのだ。それを根絶やしにするのは、暴挙に等しい。  ナチスの弱点・その1だ。  しかも罪なき無垢な人々を狩りたて、自分たちの優位を示すためだけに惨殺するなど、主がお許しになるわけがない。  今は黙しておられる主も、何時かはナチスドイツの上に審判の業火を下される時が来る。  「バチあたりなヤツらめッ」、敬虔なカトリックの枢機卿は、素早く十字を切った。
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