風の伝言②

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風の伝言②

 水桶は持っていくことにした。今晩は街で宿を取ることになるだろうが、明日の復路でこの仕事を終わらせればいいと考えたのだ。  それに、いまから墓守小屋に戻ってのろのろ準備をしていたら街へ着かないうちに日が落ちてしまう。幼い子どもを連れて野宿をするのは避けたかった。 「お姉さんは何をする人なの?」  お姉さん、お姉さんだって! カロンは少し気を良くして答えた。「あの森にあるお墓――って言ってもただの石碑なんだけど――あれをキレイにしたり、悪い人が盗掘したりしないように見張ったりしてるの。あとは、魔除けをかけたり」 「魔除け、」 「気休めみたいなものだけどね。魔術師じゃないし」  魔除けの儀式は師匠直伝だが、カロンがしたところでせいぜい小型の弱い魔獣を近づけない程度だ。街の魔術師なら、いちばん安い料金でももう少し強力な魔除けを張る。  女の子の方は、貴族か大商人かの娘のようだ。一見して気品が感じられる服装をしており、今日の「お散歩」も使用人と一緒だったらしい。 「もしかしてその人、森で一緒に迷子になったんじゃない?」  心配になったカロンだったが、ニナは首を横に振った。 「探したけど、全然見つからなかった」  カロンは上流階級の世界に明るくないが、主人が目の前で消えた場面を想像して背筋が凍った。  きっと声が枯れるまであたりを探し回るだろう。少なくともカロンならそうする。いや、した。師匠がいなくなった当時を思い出して、カロンは苦虫を噛み潰したような顔をした。  呼びかける声すらしなかったというのはつまり、周囲にはいなかったということだ。  (犯人がその人じゃなければね)  浮かんだ可能性はとりあえず押しやって、草地を踏みしめた。  森を抜け、丘を越え、夕方頃になって、ようやく街の輪郭が見えた。  辺りは薄暗くなり始めているが、とっぷり日が暮れる前には着くだろう。すっかり疲れてしまったニナはカロンの背中におぶわれてすやすや眠っている。十前後の子どもにしてはよく歩いたほうだ。  ふと、遠くに見える灯りのやさしさと負った子の温かさに微笑んだとき。  ごとん。  音と同時に、右手に提げていた水桶が重さを増した。 「よう、久しぶ…………君は誰だ?」  声は桶の中から。恐る恐る視線を下ろせば、そこには生首がひとつ、興味深そうな眼でカロンを見上げている。  悲鳴。鳥たちが驚いて赤い空へ飛び立っていった。
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