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傘は二重の意味で非常にありがたかった。
一つはもちろん濡れずに帰宅できたこと、そしてもう一つは、それを返すためにもう一度店に赴けるということ。美魔女は僕に傘を貸すことで、再び君に会えるきっかけを与えてくれたのだ。
その翌日は昨日の悪天候が嘘のように、すっきりと晴れた空が広がっていた。しかし、僕は傘を返しには行かなかった。ここですぐに傘を返してしまえば、もうあの店に行く理由も、君と会うきっかけも失われてしまう。だからあと一回、この傘を返しにいく日に、どうにかして君との距離を縮めたい。そのために何か行動を起こす決意を固める必要があった。
一週間ほど経ったある日、ついに僕は傘を持っていった。
今までずっと忘れたフリをしていたが、美魔女は返すのが遅くなったことを責めることなく、笑顔で僕を迎え入れた。
「返してくれてありがとうねぇ」
店の入り口だけで済むようなやりとりの後、僕は切り出す。
「あの……」
美魔女は僕と目の高さを合わせるように少し屈んだ。幼い僕は真っ赤になって、結局その先の言葉を言えなかった。美魔女は本物の魔女であるかのような微笑みを見せると、全てが分かったかのように僕を店の奥に招き入れた。
あのときほんのちょっとだけ勇気を出して、本当によかった。
その日から、僕は君との距離を少しずつ縮めていくことに成功した。
雨が降りそうな日は、わざと傘を持って行かずに外出し、そして偶然であるかのように、雨宿りを装ってその店へ立ち寄る。美魔女とは人見知りな僕が普通に会話できるくらいの顔見知りになり、なんと言っても彼女は僕の気持ちを知って、色々と気遣ってくれた。
───もっと長く、君の近くにいたい。
その思いは店を訪れるたび、君の姿を見るたびに募っていく。
だから僕はさらなる戦いに挑んだ。
僕があの店に通っていることを、あまり良く思っていない母親を説得することだった。母親はしぶとかった。しかし一週間ほど経った頃、ついに母親は折れた。
僕はなんとも言えない喜びと達成感に包まれて家を飛び出す。走って店に向かう。僕はその話を美魔女に報告した。僕は初めて、君を店の外に連れ出していた───。
そこからの日々は輝きで満ちていた。
なんと言ったって学校が終われば無条件でいつでも君と会うことができた。
中学に入り部活が忙しくなり君との時間が減っても、その想いは薄れることはなかった。
むしろ大きくなり続けた。
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