第一部〜青い空に雷は落ちない〜

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部活の公式戦で負け、先輩と顧問に散々喝を入れられボロボロになった日。 僕は、初めて君を抱擁した。 君は抵抗しなかった。君は僕が思っていたよりずっと小さくて、柔らかくて、儚かった。情けないことに僕は涙が止まらず、それは君の体へ静かに零れ落ちた。 僕は震えていた。君も何も言わずとも、僕の全てがわかっていたのだろう。何故か君の体も震えていたように思えた。 そんなふうに、君に救われてばかりの毎日にも終わりがあることくらい、僕は知っているつもりだった。 だけどいざそうなると、全く受け入れられなかった。 僕が君を失ったのは、ついこの前の三月の初め、僕の第一志望の高校の入試二日前のことだった。寒さもかなり和らぎ、近所の神社では白い梅が花を咲かせていた。 そんな時期に君は、もう二度と会うことができない存在となった。塾から帰ってくると、君は静かに地面に横たわり、息絶えていた。君の体は信じられないくらい冷たくて、触れた瞬間全身から血の気が引いた。しばらく時間が経つまで、その状況が理解できなかった。 入試のための勉強でますます君との時間が減りつつあった最中ではあったが、君のいない時間は、その空間は……僕が想像していたよりずっと酷なものだったんだ。 今日も君はいない、明日も君はいない、明後日も君はいない。 そう考えると、僕に未来なんてないのではないか? 僕はその現実に耐えられるほど、強くはなかった。 入試の前日、僕は塾で自習をすると言って家を出て、塾とは反対側の近所の河川敷まで走った。 日が暮れてきて、あたりは薄暗かった。 その川の上には車が通る大きな道路が敷かれていて、その下が高架下のようになっていたのだが、僕はその下に入った。一昨日の雨で増水した川の水が流れれる音と、頭上の道路からの車の騒音に、僕のすすり泣きはすぐにかき消された。僕はその暗闇の中に一人で座り込んで、時間を忘れてただひたすら泣いた。自分の声すら聞こえないような場所なら、泣いても誰にも気づかれないだろうと思った。僕はどうしても一人でいることを実感できる場所でないと、泣くことができなかったのだ。 もしかしたら、あと少しで川に身を投げていたかもしれない。天国でもう一度君に会うために。だけどそんなことをする勇気すら僕にはなく、寒さに耐えきれなくなった頃、泣き腫らした目をなるべく誰にも見られないように顔を伏せて家に帰った。塾に行かなかったことは親にはバレなかった。ただ、帰ってきた僕に母親はこれだけ言った。 「明日頑張りなよ」 このとき初めて僕は、明後日が入試本番であることを思い出した。
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