第一部〜青い空に雷は落ちない〜

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⑵爆破予告 「どう言う意味だよそれ」 「理解できないっての?モルコンのくせに?」 「もる……」 聞き慣れない言葉に、僕は思わず反論できずに口籠もった。つい数十秒前に始まった口論は早くも幕を閉じる。目の前では気の強そうな猫目の女が薄ら笑いを浮かべて、高らかに勝利を宣言した。 「私の打開策を投稿させてもらうわ!」 「マジかよ……」 この女の名は羊飼(ひつじかい)真希(まき)という。ただ、彼女を本名で呼ぶ人間は、僕の知る限り一人もいない。 彼女はその「羊飼」という珍名から、あの有名な童謡にあやかり、周りから親しみを込めて「メリーさん」と呼ばれているのだ。この高校に入ってから数日でそれを知った。彼女は僕の隣のクラスなのだが、正直まだクラスメイト全員の名前も覚えていないうちに、先にこの人の名前を覚えていた。 彼女はそれくらいの有名な、いや、変な人物である。 まず外見からして目立っている。学校指定のブラウスとスカートは着用しているものの、その上に羽織っているのは動くとワサワサと音がしてウザい素材のロングコートである。入学式の翌日から生徒指導担当に声をかけられていたが、それを脱ごうとする様子は見られない。彼女曰く「校則違反ではない」らしい。 たしかにこの学校は、特に服装に関して厳しい規定があるわけでもなく、校風も自由な方として知られているから、これもギリギリではあるだろうが、はみ出しているわけではない……ようだ。 そして彼女のトレードマーク的なものとして、もう一つ忘れてはならないのが、肘まで隠れる結構上等そうな手袋だ。色は白で、なんとなくスーパー戦隊を思わせる。なぜ手袋をしているのかと聞くと、彼女は実際も「スーパーヒーローになりたいという願望が抑えきれなかった」(まあそう言われればそのロングコートもマントのように見えないこともない)という意味不明なことを言っている。 じゃあ本当の理由は、と、それを知っているのは僕と、今後ろで僕とメリーさんのやりとりを耳にして笑っているチャラチャラした奴だけだ。 僕がそれを知ることになったのと、今ここでメリーさんと向き合っている理由は、とある同一の事件で語ることができる。 ☆ それは入学後間もない四月上旬、僕が花粉症による鼻水で毎日死にかけていたとある日。 部活動見学やら体験入部やらに暇を持て余していた僕は、放課後マスク越しに鼻を啜りながら廊下を歩いていた。窓から体育館を見ると、卓球部とバレー部がネットで真ん中を仕切って練習しているのが見えた。僕はちょっと立ち止まって卓球部の方を見る。
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