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「うう」
音に反応したのか、ベッドの上のヴォルフラムが身じろいだ。
寝苦しそうに首をもたげた後、うっすらと瞼を上げる。白いまつ毛に縁どられた隙間から、ライラックの花を思わせる紫色の瞳がぼんやりと周囲の様子を窺う。ゆっくりと瞬きを2回。
すん、と嗅いだ匂いで此処が見知らぬ場所であると気が付いたらしい。がばりと勢いよく起き上がろうとして、痛みに悲鳴をあげた。何が起きたのか解らない、といった表情でベッドに沈む。
「動かない方が良いですよ。切傷、擦り傷、打撲がとにかくたくさん……よくもまあ、これだけの怪我を負ったものです。骨が折れていないようなのは幸いでしたね」
「……誰だ?」
「まずはお礼が先でしょう。そんなんだから、『ヒトの親切がわからない恩知らずなワンコロ』などと言われてしまうんです」
そこまでは言ってにゃい、と頭の中でリーヌスが叫ぶがテオは無視をした。
普段から表情の変化が乏しい彼女だが、無口なわけではなく、むしろ口数は多い方である。それも余分な方向に。
案の定、ぎろりと鋭い目が睨みつけてきた。
「馬鹿にしてんのか」
「わりと」
無表情のまま肯定する。
「50層に単独で挑むなんて馬鹿のすることですから」
「うぐ……」
ヴォルフラムは悔しそうにギリギリと歯を鳴らした。無茶をしている自覚はあるらしい。言い返そうと、わなわなと唇を動かしていたが、言葉が見つからなかったのだろう。結局諦めたように視線を逸らした。
そうしてゆっくりと身体を起こすと、ベッドから立ち上がろうとする。
「ちょっと、動かないでください」
慌てて止めた。
非力なテオが両肩に手を置くだけで、ヴォルフラムの身体は容易に抑え込めた。置いた手を外そうとした大きな手に手首を捕まれるが、驚くほどに力が入っていない。震える白い手は、テオの手首に添えられるだけになっていた。
「傷に障ります。あなた、熱も出ているんですよ。大人しく寝ていてください」
「いらねぇ」
嫌々と首を振られる。まるで幼子の駄々のようだ。
「1人で強くならねぇと意味がねぇ」
続けられた言葉に目を見張る。
テオは意外に思った。
彼は今でこそ1人だが、前は大人数のパーティを率いてふんぞり返るリーダーであったので。力を鼻にかけて好き勝手している、チンピラ紛いの男だと思っていた。そんな彼が、金でも名誉でもなく、強さが欲しいと言う。潤んだ瞳に浮かぶのは焼きつくような焦りだった。
小さくため息をつく。
「それで? 1人で無茶やって大怪我して、名前も知らない他人に面倒かけてたら世話ないですね。そういうのは、1人で馬鹿やってるって言うんです。勇敢と無謀は別物ですよ」
「なっ」
赤い顔を更に真っ赤にした青年を「はいはい。怒らない怒らない」と宥めながら、ゆっくりと肩を押す。もともと力の入っていない身体は容易く押し倒された。恨めしげな紫の目が見上げてくる。
「今はどうぞお休みください。一度手を出したものを、中途半端に放り出したりはしませんから」
「なんで……見ず知らずのてめぇが、んなこと……」
唸るような声が途切れ途切れに尋ねてくるが、体力の限界だったのだろう。ヴォルフラムは答えを聞く事はないまま眠りについた。
「――なんで、ですか」
乱れた毛布をかけ直しながら、彼の言葉を反芻する。彼を助けた理由なんて、成り行きとしか答えようがない。
偶然、彼の倒れているところに通りかかり、たまたま彼が友人と同じ『獣憑き』であっただけ。
そもそも、テオは人を助けるのに理由は要らないと思っている質だった。正義感などという高尚な理由でない。
ただ、なんとなく、見て見ぬふりは座りが悪い。
「こんなものは只の自己満足ですから。あなたが気にするような事ではないですよ」
うでまくりをして立ち上がった。
「さて、とりあえず氷枕でも探しますか」
今日は眠れなさそうだ、ベッドの中から聞こえてくる荒い呼吸に、そんな予感を抱いていた。
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