第5話 拐かす猫

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 負傷したヴォルフラムを抱えたテオとエレノア――というよりは、テオごとヴォルフラムを抱えたエレノア――が『ダンデ・ライオン』に飛び込んできたのは、半刻程前のことだ。負傷したヴォルフラムの傷は浅く、本人の回復魔法で完治していたのだが、泥のように眠り込んでしまって、起きる様子がない。テオにはこの症状に覚えがあった。    昨夜に起きたミイラ窃盗事件。その現場に居合わせた治安維持部隊と、冒険者ゲオルグを苛む症状に酷似していると感じたのだ。回復魔法では治せず、呪いなのか、ギフトやカルマの効果なのかも解らない、覚めない眠り。  今、メリエンヌによって呼ばれたカミラが診てくれているが、ゲオルグたちが未だ目を覚まさない所を見ると、あまり期待はできなかった。 (あまりに一瞬で、何も視ることができませんでした。あの異国の装束の男性……ヴォルくんに何をしたのでしょう)  悔しくて唇を噛む。膝の上で組んだ指が真っ白になっていた。テオの様子に気が付いたディーデリヒが声をかけようとした時、ガチャリとギルドの扉が開いて、カミラとメリエンヌが揃って出て来た。 「店長」  ぱっと立ち上がったテオを、メリエンヌは手で制した。その浮かない顔で察してしまう。テオの予感は的中してしまったらしい。 「ツァーベルさんの症状は、件のミイラ強奪事件の被害者たちと全く同じものです」  厳かな表情を崩さずにカミラは静かな声で説明した。 「薬品や魔法によるものではなく、先ほど呪いによるものでもないことが判明しました。十中八九、ギフトかカルマによるものでしょう」 「なら、かけた本人を捕まえて解除方法を訊くしかないですね」 「……それも保証はできませんが」 「わかっています」  テオは硬い声で頷いた。 「それならそれで、次の手段を講じます。まずは手っ取り早くかけた本人に尋ねましょう」 「さすが勇ましいね。テオ嬢はやはり、そうでなくては!」  いつまでも沈んでばかりはいられない。  剛勇にそう決断したテオの言葉に、ディーデリヒが嬉しそうに賛同した。彼女がこういう不屈の心を見せる瞬間が、ディーデリヒは好きなのだった、。   「相手方の居場所となると、やはりリーヌスに……」 「お、お邪魔しま〜すなのにゃ」  噂をすれば影、とばかり三角耳をぺしょりと下げたリーヌスが店の扉を潜って現れた。頬を赤くした彼女に「自分の足で来るなんて珍しいですね」と声をかければ、「酔いざましにゃ」と返ってくる。最近では酔っぱらってない状態の方が珍しいので、今更じゃないかと首を傾げた。 「ところでリーヌス。新聞屋としての貴女にお願いしたいことが……」 「わかってるにゃ。犯人の居場所にゃろ?」 「ええ、ハルバードような不思議な武器を操る銀髪の女性と、異国の装束を着た男性です」  皆までいうな、とリーヌスは首を振る。「ちょっと狼小僧の様子、見てきていいかにゃ?」とギルドの方を指差すので、「どうぞ」とばかりに頷いた。  千鳥足のリーヌスが扉の向こうに消える。  彼女の分も紅茶を淹れようと動き出したシャッツを眺めながら帰りを待つ。――たが、一向に戻ってこない。 「……リーヌス?」  見に行くと、そこにはがらんとした薄暗いギルドがある。窓際に置かれたベッドの上で白いカーテンが、ふらふらとはためき、月の明かりがチラチラと揺れていた。  そしてリーヌスの姿はない。そこに寝ている筈の、ヴォルフラムの姿もだ。  2人は忽然と姿を消してしまっていた。
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