第6話 一夜城の武闘会

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「一応確認しますけど、領主様の別荘とかではないんですよね?」 「私の父はダンジョンの上に住むような奇特な男じゃないよ」 「貴方のお父様ですから、万が一があるかと思いまして」  テオは未だにディーデリヒ以上の奇特な人間を目にしたことはない。   「それにしても、一夜でこれほどのものを建造するとは……随分と腕のいい大工がいたものだね」 「魔法使いが作ったのよ。この城全部に、高度な魔法がたくさんかけてある」  追い付いて来たエレノアが指摘した。 「城を浮かす浮遊魔法に、侵入を拒むための防衛魔法……まだまだあるけど、少なくとも城の主が許可をしない限り中には入れないわ」  そんな、エレノアの指摘が聞こえたかのように、白の上に大きく女の姿が映し出された。銀髪の氷のような目をした女だ。テオとエレノアはすでに遭遇している。確か、十六夜と呼ばれていた。半透明の彼女の上半身は、城の上部から1番街の冒険者たちを見下ろしていた。 「ごきげんよう。冒険者諸君」  どこからか、十六夜の声が響く。中空に投影された彼女が喋っているのは確かだろうが、その声はどうしてか街のいたる所から聞こえた。 「私は十六夜。この城の城主である。今日、このような形で貴方たちに語りかけているのは理由がある。……最近はとても退屈だ、そうは思わないか? ダンジョンに潜る目的が統一され、求めるものがみな同じになった。冒険とは本来、そういう物ではない筈だ。ここ数日はダンジョンに潜ることすらできないという。折角鍛えた刃がなまくらになってしまう。そう思うだろう?」  テオの眉間に皺が寄る。  彼女には十六夜の言葉が薄っぺらい建前で出来ていることがすぐにわかった。彼女は冒険者のことなど何ひとつ知らないし、冒険を夢見てもいない。テオにとって十六夜の演説は不愉快なだけだ。  しかしながら、他の冒険者たちはそうではない。突如現れた美女の幻影に焚きつけられて、声をあげるものもいた。ミイラの回収なんて興味がない冒険者もいる。領主の命令を聞きたくない人間もいる。もともとこの島は、お行儀の良い人間が多い場所ではない。そういった冒険者にとって十六夜の言葉は都合が良かった。  それこそが、十六夜の狙いだった。 「よって……ここに島一武闘会の開催を宣言する! どのギルドが1番強いか、戦って決めようではないか!」  ぱっと中空に浮かんだ幻影の視点が切り替わる。映し出されたのは、どこかの部屋だ。城の中の一室だろうか。赤い絨毯の敷かれた薄暗い部屋の中、台座の上に置かれたものに目を見張る。 「優勝したギルドには、巷で噂のミイラを進呈する! 領主に売ってよし、そのまま所持するもよし! 手に入れた暁にはこの島で一番の称号と富が約束されるであろう!」  うおおおおっ!  歓声が上がった。驚いて周囲を見渡すと、すっかりその気になった赤ら顔の冒険者たちの姿ばかりが目につく。ダンジョンに潜ってなお、遭遇するかは運次第だったミイラが目の前にある。それも、探す必要はなく、ただ人間同士の喧嘩に勝てばいいのだ。腕自慢の冒険者たちは振って湧いた一獲千金のチャンスに目の色を変えていた。そのミイラの出所は気にならないらしい。 「考えたね。これなら、両方釣れる」 「ええ」 「ど、どういうこと?」  頷き合うテオとディーデリヒの頭を見下ろしながら、エレノアが小首を傾げた。 「ミイラの捜索に能動的だったギルドは当然、彼女がミイラ強奪の首謀者だと気が付きます。自分たちの手柄を掠め取られたようなものです。乗り込んで取り返したいと考えるでしょう。領主直下の治安維持部隊や、ハーバー家と繋がりの深いギルドも同様です」 「対してミイラの捜索に乗り気でなかったギルド。これは権力者が嫌いだったり、運任せでコスパが悪いなど理由は様々だが……島で一番強い、と一獲千金は、この島の人間が好きな言葉トップ3に入るからね」 「少なくとも、ヴォルくんとリーヌスなら釣れます」  2人の説明にエレノアは「たしかに」と頷く。冒険者としては経験の浅いエレノアだったが、この島の人間が喧嘩とお金が好きなのは何となくわかっていた。 「参加者のみ、我が城に入ることを許可する」  十六夜の言葉が響くや否や、ゴゴゴ…と再び地響きがした。大穴に浮かんだ城から、巨大な白い跳ね橋が降りてくる。それは1番街の、ちょうどテオたちの正面の淵にかかった。殺到していく冒険者たちに流されそうになったテオを、エレノアがひょいと持ち上げた。
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