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第9話 海ほど美しいもの
――― 潮の香りを嗅ぐ前に、海が近いことは分かった。
――― 丘のを登ると、広い水平線が見えた。
ヴィクトルの手をしっかり握りしめ、一緒に丘を登っていく。
草の匂い、鳥の声、そして心地よい風。
しかし、その全てが待ち受けている光景に比べれば些細なこと、ヴィクトルに耳を傾けると、彼の胸の高鳴りを感じることができるようだった。
「もうすぐだよ、ヴィクトル。」
ヴィクトルの手の温もりに目を閉じる。
彼の期待感、緊張感が伝わってきた。
それは新しい体験への興奮だけでなく、彼が私を信頼しているという実感でもあった。
丘を越え、眼前に広がる壮大な海景色に目を見張る。
無数の光が海面で跳ね、まるで宝石のように輝いていた。
一瞬、息を呑んだ。
そして、ヴィクトルの手をぎゅっと握りしめながら、
「見て、ヴィクトル。これが海だよ」
と優しく声をかけた。
ヴィクトルの驚愕の表情、その目に映る自分の姿、そして一面に広がる海。
これらすべてが、私の心の中で一つの絵を描いていた。
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波が静かに砂浜をなぞり、ヴィクトルと私はその美しい情景をただ見つめていた。
太陽が海面に投げかける、きらびやかな光。
静けさが全てを包み込む。
静寂を破ったのはヴィクトルの声だった。
「アリア、見て、海の色。それと同じくらい美しいものが他に何があるか、思いつく?」
彼の瞳が私を見つめていて、微笑みながら問いかける。
それに対し、私はふと考え込み、首を傾げる。
「海ほど美しいもの?それは難しい問題ね、ヴィクトル。」
彼が何を指しているのか、私は心の中で色々と考えてみる。
何となく予感がして、彼の言葉には海の風景以上の何かが含まれていると感じるのだ。
それを見透かしたかのように、彼は笑った。
「君の目、アリア。
君の瞳の色は、まさにこの海と同じ。広大で、深く、そして何より綺麗だよ。」
彼の言葉は、またしても私の心をぴょこんと跳ねさせた。
繋いだ手に、つい力がこもってしまう。
自分の瞳が海の色と似ているなんて、今まで思ったこともなかった。
でも、ヴィクトルがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
驚きと共に、心の中で彼の言葉を消化しようとする。
「ヴィクトル、ありがとう。」
気恥ずかしさに目を反らしつつ、私は感謝の言葉を口に出す。
彼が私の目を、海と同じくらい美しいと言ったのだ。
他の誰もそうは言わないだろう。
でも、ヴィクトルがそう感じてくれるのなら、それは私にとっての最高の賛辞だ。
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海を見るたびに、ヴィクトルの言葉を思い出す。
彼の言葉は、私に自信と勇気を与えてくれた。
私の瞳は、彼が言ってくれたように、海と同じように美しい。
彼がそう感じてくれたなら、私にとってそれは何よりの宝物だ。
――― 海と同じくらい美しい。
それは、ヴィクトルが私に与えてくれた、最高の賛辞だった。
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