睡眠薬より

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 部室。  いつものようにパソコンを開いて、活動記録を振り返る。 「ふわあああ……」 「もう、夏井先輩ったら。眠いなら寝りゃいいじゃないですか」  涼美(すずみ)が本を持ちながら話しかけてくる。 「しょうがないだろ。眠れないんだよ最近」 「えー、不眠症ですか?」 「夜中に何度も目が覚める」  僕の言葉を聞いて、涼美が僕の手をとる。 「どうしたの?」 「先輩、こっち」  そう言って、僕は部室から連れ出された。  連れてこられたのは保健室。保健室の先生はいなかった。  涼美は僕の手をとったまま、ベッドの方へと歩き出す。 「先輩、横になってください」 「え、でも……」 「とりあえず横になってください」 「う、うん」  僕は言われたとおり、ベッドに仰向けになった。 「これで、どうするんだ」 「寝てください」 「え、眠れないよ」 「いいから、目を瞑ってください」 「……」  僕は言われた通り、目を瞑った。  どれくらい時間が経っただろうか。  このまま目を瞑ったままだろうか。  疲れているはずなんだけど、涼美がそばにいると気になって眠れない。 「先輩、もう寝ました?」 「寝てない。眠れない」 「そうですか……」  涼美がそれきり何も言わなくなった。 「ねえ、先輩」 「ん?」 「キスしてみましょうか」 「は!?」  僕は驚いて思わず目を開けてしまった。 「何言ってるんだ。いきなり」 「だって先輩私のこと好きでしょう?」  また驚いた。何でバレてるんだ。 「だからっていきなりキスはおかしいだろう? だいたい、君の気持ちを聞いてないよ」 「あら、私が好きでもない人とキスなんてできると思いますか?」 「それは、思わないけど……」  ということは両思いってことか? 「でも、何でキス……」 「キスで目が覚めるなんて話はよく聞くでしょう? でもその逆はないじゃないですか」 「だから?」 「キスして先輩を眠らせます」  何を言ってるんだ。 「いや、逆に眠れなくなるだろう」 「どうしてそう思います?」 「どうしてって……」  それを僕に言わせるのか。 「キスって言っても先輩が考えてるのとは違いますよ、きっと」 「どういうこと……」 「とにかく目を瞑ってください」 「え、でも……」 「つべこべ言わずに瞑ってください。睡眠薬よりは確実に効果ありますから」 「……」  僕は言われるがままに目を瞑ってみた。別に、期待していたわけじゃない。ただ、本当にキスで眠れるようになるかなって、ちょっと興味がある。そう、これは言わば実験であって……。 「それじゃ失礼しますね。目を開けちゃダメですよ」  そうして、僕の唇に柔らかい感触があった。  ……キスってこんなもんなのか。  開けちゃダメって言われたけど、ちょっとだけ、ちょっとだけなら顔見てもいいかなあ……。 「……!」  目の前に化け物がいた。  僕はショックで意識が途切れた。 「だーれも『私が』キスするなんて言ってないっつーの」  でも、睡眠薬よりは効果あったでしょ、先輩。 「ふふ、我ながらうまくできたねー」  私は自作のぬいぐるみと、先輩の寝顔を眺める。  ゆっくり休んでくださいね、先輩。
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