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3日目
次の日の午前8時。MSWの足立は院内のコンビニできょろきょろしていた。もうすぐ寿田が来る時間である。そこで寿田は必ず『南アル〇ス天然水』を買う。いつも手前から二番目を取るということも知っている。足立は店員の目を盗んで手前から二番目のペットボトルに注射針を刺した。中には出雲大社を出たところに売っている『ホレ薬』の溶液が入っている。
「きゃ~っ!ドキドキした!」
寿田が入ってくるのを察知すると慌てて商品を陳列させた棚に隠れた。寿田はいつも通り手前から二番目の『南アル〇ス天然水』に手を伸ばした。足立はひそかにガッツポーズをした。
――9時5分。寿田は若干イライラしながら診察室①で待っていた。
本日は11時から手術予定であり、外来は10時半でしめなければいけない。しかも、大勢の患者が待合室にすでに座っている。片っ端からさばいていきたいのに案の定、八下医師は遅刻する。
「二番目の患者さんを先に診ますか?」
恐る恐る事務職員が聞いてきたが、寿田は
「いや、前もそれで厄介なことになっただろ。」
と返した。
――私なんてどうでもいいんでしょう!!
と、キレてかかってくる。
「ったく、清涼飲料水の飲み過ぎだって。」
ぶつくさつぶやいた。最近一気に血糖値が上がる清涼飲料水は気分のムラに影響するという情報を得た。
――水の飲めよ。水。
そういいつつ、未開封の『南アル〇ス天然水』に手を伸ばしかけたところ、のっそり八下医師が入って来た。
「お待たせしました。」
「いえいえ、どうぞ。」
寿田は急に明るく繕って椅子に座るように促した…が、
「一昨日、リハビリのスタッフにされたことに腹が立って腹が立って…」
と話を切り出してきた。つまり気分を害されてその影響で自分の体調がいまいちになって診察の予定時間に遅れたということを言いたいのであろう。
――やばい、長話するパターンだ。
早く切ってしまいたいが、パワーバランスと自分が執刀医でありながらさっさと主治医を変更してしまった過去があるため話を聞かないわけにはいかない。
何に怒っているかうわの空でハイハイ聞いたが、話はどんどんエスカレートしてきて終わりそうにない。上からガツンと抑え込みたいのは山々であるが、相手は部長クラスだし、整形外科は「命にかかわらないからね。」と医師の中では低く見られやすい傾向にある。
寿田は話を聞き流しつつ、キシロカインの注射を手にした。ふと怒りがこみあげて来た。相槌を適当にうちながら席を立ち、彼女に見えないように奥の流しに注射の中身の半分を捨てた。
――そのまま水道水半分入れてやろうか!?
と魔が差したが少しそれは危険だと感じて『南アル〇ス天然水』を開けて注射針を突っ込んでその水を半分吸わせた。
――やばっ。キシロカイン入ったか?
寿田は迷いなく残りのペットボトルの水を真っ逆さまに流しに向けて捨ててしまった。
「そうですか、あ~そうですか、ハイハイ大変ですね。はーい、注射うちますよ~。」
適当に話しながら肩関節めがけて注射針をぶすっと刺した。
濃度など細かいことを考えなければホレ薬1/2、ボケ薬1/4、キシロカイン1/4だ。注射後八下医師がどのような症状を呈したのか、想像は読者に任せることとする。
――9時20分。訓練室。リハビリを実施している亀田のピッチが鳴った。
「えっ!寿田先生?」
慌てて通話をオンにする。――もしもーし!
「あ、亀ちゃん?ごめんな。かくかくしかじかで大変なことになってしまったんだけど、リハビリで何とかなる⁉」
――は?何それ? 一瞬訳が分からなかったが、昨日中島と一緒に入り込んで注射を操作したことを思い出した。
――ここでぶれてはいけない!
「え~それは大変ですね!ただ、リハビリの適応外かと…」
やんわり、でもきっぱり断ろうかと思った瞬間、目の前を作業療法士のトップのふてぶてしい加藤がふてぶてしい顔をして通った。
加賀と目が合った亀田は急にひらめいたように言った。
「あ、認知症とか精神科領域の診断名つけてくださったら精神系のの作業療法は受けられますよ。…多分。」
じろっと加賀ににらまれてしまったが、亀田は知らないふりをした。
その日の午後、中島と亀は作業療法室の端でで並んで電子カルテをカチャカチャうっていた。目の前では加藤が認知症の検査スケール、MMSEを八下医師に実施している。
「今日は何曜日ですか?」
加藤は気難しい顔で尋ねるが、八下医師はうわの空である。
「寿田先生って…彼女いるのかなあ…年上の女の人も恋愛対象かなあ…」
まるで夢見る少女漫画の主人公である。
加藤の顔がさらに気難しくなった。
中島と亀田は首をかしげながらその様子を観察していた。
「なあ、亀ちゃん。寿田先生、どんな診断名つけたのかな?」
亀田は八下医師のカルテを開けてまじまじ覗いた。
「認知症と…恋愛妄想。」
〈 THE END 〉
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