2日目

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2日目

リハビリテーション科にとって厄介な鬼は3人。3位は寿田先生、完璧人間であるがゆえに不完全な一般人への理解が全くない。 合言葉は「触らぬ神に祟りなし」 当たり障りなく対応すれば何とかなる。 2位は八下先生、何でもかんでも報告して立てて立てて立てまくってチヤホヤしなければすぐに自尊心がつき、瞬間湯沸かし器のように沸騰する。 合言葉は「触らぬ神に祟りあり」 機嫌を取りつつ何でもかんでもお伺いを立てる。時間がかかるったらありゃしない。 1位は精神科の富山奈美恵(とやま なみえ)先生、どこで着火するか全くわからない。これで何度作業療法士の女性スタッフが泣かされてきたか。 合言葉は「触っても触らなくても祟りあり」もうなすすべなし。倫理的にどうかと思うが、若い美男子に若干甘いから時々そいつ等を盾に使ったこともある。いや、最近なんて酷いもんだ。しょっちゅう盾に使っている。男性の作業療法士の就職面接の時なんて数年前から顔しか評価できない自分になってしまった。これが病院の現状だ。 次の日、中島は地域連携室を訪れた。多良がそそのかしたということになっているMSWの足立 花子(あだち はなこ)が一番怪しい。 「だって~、介護保険の主治医意見書中々書いてくれないんだもーん。佐々木さんの入院期限が差し迫っているから多良さんは心配してリハビリの進捗伝えに来てくれたんだろうけど、こっちは八下先生相手なんだから大変、大変!!単刀直入に意見書書いて下さいって言ったら案の定ぶちギレてね。ま、うまくおさめるために全て多良さんが悪いことにしたの!」 「それって、濡れ衣ですよ。」 「でも怒りの矛先が私に向いたらもっと大変よ!何十人の患者さんの退院が滞っちゃうわ!」 ――(たかが)十数人だろ。しかも御前が動くの遅いからいっつもこっちが何でもかんでもせざるを得ないんだって。 足立は中島の心中を察せず、更に目をキラキラさせながら続けた。 「さっき寿田先生に会ってね、佐々木さんの執刀医だったみたいね!その寿田先生が 『八下先生、大変なことになってるな。僕の方からも話しとくわ』って言ってくれたのよ!」 多分、足立の年齢は中島とそう変わらなかったはずだが、まさに少女漫画の乙女モードといった感じだ。 ――全くもって呆れた。でも寿田先生が好みだということは今後何かに使える有力情報になるのかもしれない。 「どうしてこんなことになるんですか⁉ 八下先生が北朝鮮ならば足立さんが中国のだと思っていました。日本との仲介役になるどころか煽ってるじゃないですか‼それだったら中国いらないじゃないですか!」 中島の報告を聞いて穏やかな性格の課長は目をまん丸にして驚いた。 その例え、全く分かんない。――中島もその横にいる亀田もそのように感じた。 「でもそうなってしまったらしばらく八下先生の怒りはおさまりませんね。足立さんも病院が頼んで引っ張ってきたくらい優秀なMSWと聞いてますし。もしかしなくても上層部の会議でこちらが悪いと責められてもおかしくないですね。まあまあ、その時は適当に謝っておきますよ。どうもお疲れ様です。」 中島と亀田はカルテを書きながらため息をついた。多良はその場にいなかったが、今日一日、心折れてずっとしょんぼりしていた。 「課長の『もしかしなくても』って何パーセント可能性としてあるっていう言葉なんでしょかね?」 「あ~、分からん!30%くらいじゃない?」 中島は適当に答えたが――何でリハビリばかりがこんな目に遭わなきゃいけないんだ⁉という怒りがついにこみあげて来た。 「あ~あのハゲ!」 「中島さん!それ言っちゃいけない言葉ですよ!」 「八下(やしも)って普通に読んだらハゲだろ⁉」 「いや、言っているうちに僕らの方がハゲますから‼」 中島と亀田のやり取りに意味がないのは今に始まったことではない。 「じゃあ俺たちがハゲる前に一矢報いてやる!」 そういうなり中島はコマ椅子を後ろに蹴って立ち上がった。そして次の瞬間、亀田を半分押しのけて同じ椅子にどっしり座った。 「亀ちゃん。そういえばDr.ハゲはここの病院の整形外科かかっているよな。」 「あ~はい。肩関節周囲炎で寿田先生の外来に通っているはずです。」 「肩関節周囲炎か。五十肩って言ってやろうぜ。」 「うわ~、これ聞かれてたら完全炎上ですね。」 「いつ受診するか調べて。」 亀田は電子カルテを操作して整形外科の受診予定を確認した。 「明日の朝一番ですね。9時から。って八下先生いつも遅刻してくるのにこんな時間に外来入れて大丈夫なんでしょうかね?」 「いや、知らん。大丈夫じゃないだろ。Dr.ハゲのカルテ見てどんな治療しているか確認して。」 「はあ。え~と関節注射ですね。キシロカインか…」 「分かった!それだ!それ!」 中島は亀田の背中をバシッと叩いた。 午後7時20分。当直の整形外科医師の川野は診察室で待機していた。こんなところで待機しなくてもいいのだが、上司の寿田の命令で整形外科医が当直の時はピッチが鳴らない限り診察室の診察台で決められた筋トレを30セットすることとなっていた。 「畜生!あの上司め!」 川野は腕立て伏せをしながら若干怒りが抑えきれなくなっていた。 その瞬間全館放送がかかった。 「コードブルー、コードブルー(緊急患者が発生したときに非常招集するコール)、B棟7階!」 ――なんだと⁉ここはどこだと思っているんだ!A棟1階だ。無茶苦茶遠いではないか! 川野はさらに憤りを感じたが行くしかない。 「にしても、今のコードブルーの声、おかしかったな。女性?男性?」 スクラブの上に白衣を羽織って彼は整形外科外来を後にした。 川野の後姿を見ていたのが中島と亀田である。亀田はどぎまぎしながらピッチを切った。 「亀ちゃん、でかした!」 「こればれたら後で僕たち木っ端みじんですよ。」 「いいから、入るぞ!」 二人は診察室に入った。診察室①にはすでに明日の担当医――寿田の名札が張ってある。 「おっ。準備万端!」 二人が中に入るとここまで準備するのかと驚くかのように関節注射のキシロカインが準備されていた。 「世界が俺たちに有利に働いているとしか思えない!」 中島はそう言いつつ小瓶を取り出した。 「中島さん、それ何ですか?」 「あ?先日行ってきたぼけ封じ神社で売っていた飴を溶かしたもの。」 「え?ボケを治すんですか?Dr.ハゲは認知症になってあれだけ怒りっぽい性格になったという考察ですか?」 「いや、ぼけ封じ神社の飴には噂があって…白い飴はボケ防止になるけど稀に混ざっている赤い飴はボケ促進になる!」 「それは赤い飴を溶かしたのですか?」 「当たり!」 そういいつつ中島は注射の袋をはがした。キシロカインを半分捨て、足りない分は小瓶の溶液を針で吸わせる。注射器は再び袋に入れてライターであぶる。これで袋は閉じた。 「これでしばらくDr.ハゲはボケてくれて仕事が出来なくなる!めでたし!めでたし!」
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