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4話
家出をしてから3週間が過ぎた。
未だにアルタイル氏が私を探しているという情報はない。たぶん、いずれは戻ってくるだろうと思っているらしい。けど私は二度とウィルソン公爵邸に戻るつもりはないが。
「……お母様。お父様はまだ来ないの?」
ソフィアの声で我に返る。私は息をつくと答えた。
「お父様は来ないわ。お母様とお父様はお別れするから」
「どういう事?」
「……お母様はね。疲れたの。お父様と一緒にいる事に。ソフィアには本当に悪いと思ってる。けどお母様はもう我慢できないわ」
はっきりと言い過ぎたかと私は思った。案の定、ソフィアはだいぶショックを受けたらしく茫然としている。そして目に涙が盛り上がった。
「……お母様。わたしのせいなの。お父様とお別れするの」
「ソフィア。あなたのせいではないわ。ただ、お父様に悪い所はあるの。今は話せないけど。あなたが大きくなったらその時は詳しく話すわね」
「わかった。絶対よ?」
「ええ。何なら神様に誓ってもいいわ」
「うん。わたし、寂しいけど我慢する。お父様がお母様を怒らせる何かをしたのはわかったわ」
なかなか鋭い。子供の意外な成長に驚かされる。というか私の言葉で何がしかの事に気付いたらしい。
「……ソフィア。後伝えたい事があるの。お母様のお腹にね、赤ちゃんがいるの。来年の5月頃にはあなたもお姉ちゃんになるわ」
「それ本当?!」
「本当よ。だから待っていてね」
うんとソフィアは頷いた。私も一緒になって笑う。
ソフィアは早速私のお腹を撫でる。「赤ちゃんに聞こえるかな?」と言いながら話しかけていた。その様子はもうお姉ちゃんだ。微笑ましい光景で私は穏やかな気持ちに久しぶりになっていたのだった。
あれから、ソフィアは私のお腹を触ったり赤ちゃんに話しかけるようになる。
それをイリスやサラサも嬉しそうに眺めていた。そういえば、私は兄弟の一番下だからソフィアのようにお腹の中にいる赤ちゃんに話しかけたりという経験が幼い頃はない。大人になってソフィアを妊娠してからだ。
なのでちょっとソフィアが羨ましかったりする。まあ、大人だから言わないが。
「……お母様。赤ちゃん、来年になったら会えるよね」
「ええ。会えるわよ。ソフィアもお姉ちゃんだから赤ちゃんには優しくしてね」
「うん。お父様いないからわたしがうんと相手する。赤ちゃんが寂しくないように」
ソフィアはいつになく大人びた事を言う。最近、アルタイル氏と別れると言ってからこの子なりに考えたらしい。私は申し訳なくなってソフィアを抱き寄せた。
「……ソフィア。赤ちゃんもだけど。お母様もいるから」
「うん。お母様もいる。ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。お母様、ソフィアには我慢させてばかりね」
私は体温の高いソフィアの体をぎゅっと抱きしめた。ふにゃふにゃとした柔らかな体だが。余計に守らなければと思う。
「お母様。リューネさんとお話したい。3人で行こう?」
「……ソフィア。ええ、行きましょうか」
私はソフィアを床に降ろすとゆっくりと立ち上がった。2人でリューネさんの部屋に向かった。
「リューネさん。お話しよう!」
元気よくソフィアはリューネさんに声をかける。リューネさんも穏やかに笑いながら応じてくれた。
「あ。ソフィアちゃん。来てくれたのね」
「うん。お母様も一緒だよ」
「そうなの。リゼッタさん、こんにちは」
「こんにちは。いきなり来て悪いわね。リューネさん」
「いいですよ。ちょうど息子も寝た所ですし」
そう言ってリューネさんは自分でお茶の用意をしてくれる。私には砂糖入りのお茶、ソフィアにはオレンジの果実水を手渡した。
それと甘いクッキーやシフォンケーキも用意をされてソフィアは喜んでいる。
リューネさんは子供の相手が意外と好きでソフィアにも良くしてくれていた。
自分の子供の世話があるのにソフィアがぐずったりすると私の代わりに宥めたりしていた時もある。本当にリューネさんがいて大いに助かった。
そんな事もお礼を伝えたら照れながらも嬉しそうに彼女はしていた。
こうしてソフィアとリューネさんの遊ぶ姿を見ながら私はお茶を飲んだのだった。
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