リスク~特別なあなたへの処方箋

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「クスリはでもあるから」 ケンちゃん、あなたは私にそう言った。 大学病院の医者が、私の症状に合わせて処方している薬に対して。 まぁ、それが正しかったのかどうかも、今となっては私も疑念を抱いているのだけど。 クスリはリスクでもある―そうもっともらしく言っていたそのあなたが、今は苦悶の表情で私に訴えている。 「その薬をくれ」と。 何度も吐気に襲われ、苦しみに歪んだ顔で、私に懇願している。 「その薬を、解毒剤をくれ」と。 でもね、ケンちゃん。私がそんなに簡単に、これをあなたにあげるなんて、そんな訳無いでしょう? だって、そしたらあなたに毒を盛った意味が無くなっちゃうじゃない。 私はあなたが苦しむ姿が見たかった。 苦しんで私に「薬をくれ」と懇願する惨めな姿が見たかった。 だって、私の病気が重くなったのは、あなたのせいだから。 あなたは奥さんの事を『恐妻』だと言った。 自分の『趣味』の事を知っているけど、「気持ち悪い」と言って付き合ってくれないのだと。 だからあなたは、私みたいに従順に、あなたの趣味に付き合って言いなりになってくれる女を探しては、遊んでいたのよね? そして相手が、どこからどう見ても爽やか好青年で優しいあなたに深入りする前に、適当な言い訳を作っては手を切ってきたんでしょう? 「君と遊んでる事、勘付かれちゃって、早く帰って来いってうるさいんだよ」とか、「金の管理までされちゃってさ」とか、私に言ったように。会えない口実を作って。 私みたいに、「お金なら全部私が出すから」なんて、泣いて縋った女はいなかったんでしょうね。今迄は。 中々手が切れない私の事を、本当は鬱陶しく思ってたんでしょう? 私はあなたからの電話を、ずっとずっと待っていた。 いつ掛かってくるかも分からない電話を、暗闇の中でずっと。 そのせいでね、私の病気は悪化しちゃったの。 待つ事に耐えられなくなって、病院の待ち時間も、誰かとの通話中にほんの少し待たされる事さえも耐えられなくなって、気付いたら睡眠剤を大量に飲んでた。 でも、あなたが言う程のリスクは無かったわ。 だって私、ひたすら眠ってるだけで、死ねなかったから。何度やっても、飲む量を多くしても。 薬がみんな、だったのかしらね? 市販の風邪薬を飲んだ時のほうが大変だったわ。 今のあなたみたいに吐いたりして、胃洗浄や強力な液体の下剤をガボガボ流し込まれて、本当に苦しかった。 死ねないのにあんなに苦しい思い、もう沢山。 その上、後遺症まで残っちゃって散々よ。 市販の風邪薬はもう絶対飲むまいと思ったわ。 でもそんな私を、それ迄は他の患者さんも言うように『いい人』だと思ってた主治医も見放したわ。 転院先も紹介してくれずに「ほか行って」って、酷いと思わない? だから私、興信所を使って彼の弱みを握って、『死ねる薬』を手に入れたの。解毒剤はそのついで。 本当は私、ここまでする気なんて無かったのよ。 あなたからの電話で、あの一言を聞く迄は。 「仕事で資格を取る為に、今ファミレスで勉強してるんだ」って。 その時私がどう思ったか、どんなに傷付いたか、分かる? ”勉強?こんな夜遅くに?ファミレスで?” ”奥さんに、早く帰って来いって言われてるんじゃないの?” ”お金も管理されてて、自由に使えないんじゃないの?” ”私に会う時間は無いのに、ファミレスで勉強する時間はあるの?” その時に私、全部分かっちゃった。あなたの嘘に。 あなたが私に「会えない」んじゃなくて、「会う気が無いんだ」って事に。 あなたのSM趣味に付き合ってくれない『恐い奥さん』のほうが、従順な私より大事なんだって事にも。 その時の私の悲しみや絶望、今ならあなたも少しは分かってくれるかしら? どう?苦しい? 苦しいわよね。中々死ねなくて。 え?解毒剤をくれって? 私はあなたの、そんな顔が見たかったの。 私が初めて出会った時に魅了された、爽やかな笑顔を忘れられるように。 あなたの本性を映し出す、その醜く歪んだ顔で上書きされるように。 解毒剤をくれって? しつこいわね。私とはとっとと手を切ろうとしたくせに。 言ったでしょ。これは単なるに貰ったのよ。 あなたが私に、「クスリをくれ」って懇願する不様な姿を見る為に。 あげる訳無いじゃない。 それに、あなたが言ったのよ、ケンちゃん。 「クスリはリスクでもあるから」って。 「生きたくても生きられない人もいるのに」って。 私に偉そうにお説教したの、忘れちゃった? 私が多量服薬するようになった原因が自分だなんて、思いもしないで。 解毒剤だって薬なのよ。 だからあなたは飲んじゃ駄目。 今は私が女王様で、あなたは私の奴隷。 そしてこれは単なるプレイなんかじゃなく、本気のお仕置き―復讐だって事。 大丈夫。あなたが飲んだのは睡眠剤でも風邪薬でもなくて、『確実に死ねるクスリ』だから。
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