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大和君の分も買おうと思っていたので、彼が好きそうなチョコレート系のケーキと、自分のためのモンブランとシトロン味のマカロンを選ぶ。
会計を済ませて注文したものを受け取り、席へ戻ろうとしたが、トレーを返却に来た他のお客さんの邪魔にならないように一歩後ろに下がった。
若い男女のカップルだろうか、前を通り過ぎようとした女性の顔を見て、私は思わず声を上げてしまった。
「あっ……」
その声が自分に向けられたものだと気づいた女性はこっちを見て、一瞬は驚いたように目を大きく見開いたが、すぐに何事もなかったかのように目を逸らした。
それもそのはずだ。
この人は忘れもしない、諒ちゃんの浮気相手だから。
「里帆、どうかした?」
「ううん、何でもないの。映画始まっちゃうから早く行こうよ」
隣にいた男性の腕に甘えるように、彼女は自分の腕を絡ませて上目遣いでそんなことを言う。
諒ちゃんにも同じように、女の武器を最大限に利用して近づいたのかと思うと、無意識のうちに唇を噛み締めていた。
二人がそういう関係に至るまでの経緯を、私は何も知らない。
知ったところで許せることでもないし、余計に気分が悪くなるだけだと思ったから。
悪びれる様子もない彼女のことを腹立たしく思うのは当然のことだし、こんな子に唆されて関係を持ってしまった諒ちゃんの愚かさも、やっぱり許し難いものがある。
この場で謝罪を求めるつもりはないが、この状況が腑に落ちなくて私は彼女を呼び止めた。
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