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いろいろな人生
開発部長の谷口というのが俺らの上司だと名乗った。俺はなんだか不安になっていた。
「新入社員の皆さん、どうか緊張しないでください。みなさんのこれからの仕事は大変重要なものですが、でも心配には及びません」
「あの、わたしたちはどんな仕事をするのですか?」
四人のなかでいちばん太った男がそう質問した。それはみなそう思っていたことだ。
「仕事の内容はとても複雑で難しいものですが、でもみなさんなら大丈夫です。健康で、優秀で、そして我慢強い。そういう人材を探すのは大変だったのですよ」
我慢強い?俺はなんだかさらに嫌な予感がした。
「ではさっそく仕事をはじめましょう」
「なにをすりゃいいんですか?」
俺はようやくそう口に出せた。もう不安がいっぱいいっぱいになっていた。
「簡単です。わが社が開発した新薬、このOMTを飲んでいただきます。これは臨床試験と言って、医学の進歩のためにとくに必要なことなんです」
ここは製薬会社だ。そういうのは当たり前なんだ。しかし何か違う。なんだこの気持ちは?おかしな不安と緊張で俺はもう思考ができなくなっていた。だから渡された錠剤をすんなり飲んでしまった。飲んでからふとわれに返り、上司である開発部長に聞いた。
「そういえばこの、OMTって…」
「そりゃ、ワンモアタイム、ってことですよ。まあすでにあなたたちはもう何度もいろいろな人生を経験してますから、ワンモア、というんじゃありませんけどね。さて、みなさんがいま飲んだOMTは…ああ、こんどのコンセプトは戦争体験ですね。じゃあみなさん、いい人生を!」
「おい待て!」
気がついたら小学校の低学年だった。空を見上げると、真っ青な空に、真っ黒な爆撃機が飛んでいた。
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