12.できそこないだができている

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

12.できそこないだができている

ふと吹いた風に秋に色づいた紅葉が揺れる。 山はまるで鮮やかな暖色を しぼりだしたパレットのようだ。 家庭科室の窓からの風景に 一瞬心が連れていかれる。 (あの日、千風とスマホを落として 大騒ぎしたなぁ ・・・それから、神社の夏祭りの花火、 綺麗だったなぁ 小野田さんはやっぱり犯人で、 やっぱり悪いことをしたのだけれど それだけで(あく)だとは 決めつけられない気がする。 白と黒しかない、 ってわけじゃないんだ。 なんだかすごく難しいけど) 萌子はこの夏、 千風とともにギュッと凝縮された時の中を 駆け抜けた。 今は千風もいなくなり 静かで落ち着いた時間が流れている。 千風からは時々ラインが来る。 二人はつながっていると 知っていても やはりとても寂しい。 (YouTubeで 元気な姿が見られるからいいんだけど) そう思いなおしても やはり本物が目の前で自分に向けて 笑ってくれるのとは 雲泥の差だ。 「ちょっと萌ちゃん、 またぼんやりしてる」 優美の声が聞こえてきて我に返った。 「手、動かしてよぉ」 「ごめんごめん」 萌子はボウルを抱えると 泡だて器で ぐるぐると生地を かきまわした。 本日のレシピは シュークリームだ。 (とっても難易度が高い! と山里先生も言っていたのに、 ぼんやりしていたなんて、 バカバカバカ!) 萌子は気を引き締め直した。 バターも卵もきちんと 常温に戻したし、 これでしっかり糊のように 生地を練り上げることができたら シュークリームの皮は 膨らんでくれるはず。 「シュークリームに大切なのは 水分の量と生地の温度です。 だけどとにかく作ってみなくちゃ わからないから やってみよう! トライするのみ!」 そう山里先生が励ましてくれる。 だけど (ガーン・・・ぺっちゃんこだ) オーブンを開けた時のショック、 計り知れない。 (また失敗しちゃった。) 「あれあれあれ? ふくらまなかったねぇ」 ぺたんこのシュークリームの皮なのに、 山里先生はなんだか嬉しそう。 「これ、カスタードクリームを 乗せて食べたら すごく美味しいんだよ。 実のところ、 シュークリームより 食べやすくて先生好きかも。 お味はもちろん シュークリームだしね!」 「できそこないだができている」 山里先生が笑ってそう言う。 できそこないでもいいんだ。 やってみて失敗でも全然いい。 一歩ずつ進んでいけばいい。 萌子はぺたんこシュー皮に カスタードクリームを乗せて ほおばった。 (んんー! ほっぺが落ちちゃうくらいおいしい!) 隣で同じようにぱくりと 口に入れた優美が 目をまんまるに見開いて ウンウン頷いた。 できそこないだが ちゃんとできている。 それってすごく大事なこと。 できそこないだが できている。                                      缶                       (あ、違う)                         完!                         ありがとうございました!                                             うふふっ                                 
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!