10.花火大会の夜

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10.花火大会の夜

萌子の浴衣は白地に水色と青の模様が描かれ、 まるでソーダ味の飴のように爽やかだ。 帯はピンク色で、下駄の鼻緒も同じピンク。 鼻緒には小さなスパンコール が縫い付けられていて、 歩く度にキラキラと光る。 六年生になって 急に背が伸びて 去年までの浴衣が小さくなった。 だから今年はおばあちゃんが 萌子のために 新しい浴衣を 作ってくれたのだ。 夏休みが始まって 初めての週末は 温泉街では夏祭りが催される。 空には花火も上がる という一大イベントだ。 そのイベントをめがけて 旅行に来るお客様もいて、 きよさわ屋はとても忙しい。 けれど毎年この日は 萌子は優美と 出かけていいことになっている。 今年はとてもドキドキすることに 千風姫が一緒に行くことになっていた。 赤いちょうちんが川沿いの広場に 吊り下げられ 夏の熱い夜風に揺れる。 その下に立ち、手持無沙汰な萌子は カランと下駄をならしながら 千風のことを待っていた。 「待たせたな!」 萌子はその声にハッとして振り向いた。 するとそこには 浴衣姿の千風姫が立っていた。 (そっか。 今夜は康介じゃなくて 千風姫だった) どこかがっかりしたような、 でも心がときめくような 複雑な気持ちで 萌子は笑顔を浮かべた。 夏祭りをYouTubeに アップするために千風姫の 浴衣スタイリングには かなり力が入っている。 ライトブルーの花火模様が ちりばめられた黒い浴衣。 黒と水色のツートンの帯。 螺鈿模様の黒い塗り下駄。 今日の鬘は漆黒。 小さな雫形のピンで 耳上の髪を結い止めていた。 「ほんっと、 男にしておくのは惜しい」 萌子は 千風の腕を ぽんぽんと叩くとうなった。 「入れ替わってほしいくらいだよ。 どうしてそんなに綺麗なの?」 「だって九籐千風だから、俺」 そう言うと 千風は真っ赤な唇に いつもの魅惑的な笑みを浮かべた。 「お待たせ」 その声に振り返ると、 淡い黄色の浴衣に 朱色の帯を締めた優美と そのそばで 決まり悪そうに そっぽを向いている 光の姿があった。 頭のてっぺん高くで 長い髪を金魚のビーズの髪飾りで 結い止めた優美は 今日も本当に可愛い。 光も一緒に来るとは 思っていなかった萌子は 二人の姿に驚いてしまった。 それと同時に 光は千風がいることに驚いたようだ。 「うわ・・・ 九籐千風がなんでここに?」 光は目を見開いている。 「初めまして」 千風は平然とそう言い にっこりと光に笑いかけた。 「いや、は、はい。 初めまして、です」 光の声が興奮でうわずっている。 「あ、そーだ! これ、あげるっ」 千風はいきなり浴衣の袂から 一枚のチケットを取り出し、 光に手渡した。 「え?なんすか、これ」 「観に来てよ、芝居」 「うわ、光君、 チケットじゃん。いいなぁ」 のぞきこんだ優美が うらやましそうに言った。 「優美ちゃんにも、はいどうぞ」 千風はもう一枚取り出して 優美に渡している。 それをそばで見ていた萌子は (ほんと愛想振りまいちゃって) と少しやきもちを焼いていた。 康介のことが気になるのに、 千風姫のファンでもあるのだ。 二人が同一人物だなんて 本当に複雑な心境だ。 「あ、もうすぐ花火が上がるよ、 はやく神社に行こうよ!」 萌子がそう言うと、 「うん」 「ほんとだ!」 と他の三人も小走りになった。 神社へと続く 急な階段は山の斜面に貼りついている。 まるで終わりがないように 長い長い階段を みんなで必死で上り続けていたら、 その途中で ドドンと花火が打ち上げられた。 「わあ」 「・・・綺麗」 階段の途中で振り返ると、 目の前に広がる夜空に 金糸を垂れた大輪の花が散った。 光が遠い海に消えたあとも、 夜空には白いもやがたなびいていた。 それは観客の感嘆のため息とあいまって、 いっそう優美さを増していく。 (ああ  なんて美しい夜空なんだろう。 これから花火を見る度に きっとこの気持ちを思い出す) 萌子は花火はこんなにも綺麗で 晴れ晴れとしているのに、 それを見ている自分は 少し悲しいような気持ちになるのは どうしてなのだろう と思うのだ。 (いつも、花火の夜は夏が行ってしまうような気がする) 萌子は気を取り直すと、階段をしゃんしゃんと 登る。 神社のお祭り出店でリンゴ飴を買うのだ。 リンゴ飴はおばあちゃんの大好物で、 毎年お土産に絶対買ってきてね、 と言われているのだ。 これを買ってしまわないと 今夜のミッションが 完了しないような気さえしている。 これはおばあちゃんの笑顔がかかっている 重要なミッションなのだ。 優美は光と一緒に金魚すくいだ。 二人はいつのまにか とても仲よくなっている。 千風は、というと、 見る物すべてが珍しいようで、 始終キョロキョロとあたりを見回している。 「なにか食べないの?」 萌子がそう聞くと 「なに食うか迷ってる。ものすごく」 と真剣な顔をして言った。 ようやく千風がフランクフルトを 買って戻ってきたので 四人は出店の立ちならぶ境内を抜けて 長い階段を下った。 温泉街まで下ると そこでもお祭りは開かれていて、 その夜はどこもかしこも 楽しい雰囲気にあふれていた。 道すがら、光はスマホで誰かと話をしていて、 萌子と優美はぺちゃくちゃとおしゃべり。 千風はYouTubeに お祭りの実況中継をアップし続けていた。 「俺、もう行くわ」 その時、光が言った。 「どこに?」 萌子と優美が声をそろえて聞いた。 その二人の様子に光は一瞬たじろったけれど、 「ちょっと用ができて」 と言葉を濁した。 「どんな用?」 萌子はくいさがった。 優美もとなりで心配そうな顔をしている。 光がスマホでだれと話していたのかは知らないけれど、 ずっとしかめっ面をしていたので、 萌子は不安になっていた。 またオドコ会の集まりかもしれない。 光を呼び出したのはあの中学生の仲間たち かもしれない。 光は 大人が自分たちを誤解しているのだ というけれど、 空には花火、境内のにぎわい、 金髪頭とビーチサンダルはそこここに群れ、 キラキラの女子グループや真っ黒に日焼けした 大学生たちもいる。 あ、ほら、あそこに見回り警察官。 こんな真夏の夜はいつもと違う。 何かが起こりそうなそんな気がする。 萌子は自分の考えに どんどん不安がつのっていく。 千風の姿を探したけれど、 はぐれてしまったのか、 はぐれていったのか、 いつのまにかその姿は消え失せていた。 「行かないでよ」 その時、優美がはっきりと言った。 「光君、行かないでよ」 優美は光から目をそらさなかった。 「けど、俺、呼ばれてんだ」 光は困ったようにそう言った。 それっきり三人とも黙ってしまい、 しばらく無言で歩いていたけれど、 道路脇に見慣れた車が停まっている のを見つけて優美は立ち止まった。 光はそんな優美にかまわず、 どんどんと先に行ってしまう。 萌子は優美の事も気になるし、 光の事も気になって、 どうすればいいのかわからなかったが 光を見失ってしまったら 取り返しのつかないことになりそうだったので、 光を追いかけることに決めた。 「優美、私、先行くね」 そんな萌子の言葉に優美は 曖昧にうなずいた。 車の中からは優美のお母さんが降りてきた。 「・・・お母さん」 「優美、帰るわよ」 「まだいたい」 「だめよ。約束したじゃない。 花火を見たら帰るって」 「でも・・・」 優美は先に歩いて行く 光と萌子の背中を見つめた。 (私にはあんな自由がない) 唇をかんだ。 (自由になりたい) 「私、帰らない」 優美は二人を追って駆け出した。 「ちょっと待ちなさい、優美」 思わず追いかけた 優美のお母さんに パトカーから声がかかった。 その夜は温泉街でも 夏祭りの道路規制が行われていたのだ。 駐車車両の取り締まりだった。 「そこの車、 すぐに移動させてくださーい」 無情にも そんな声がマイクを通して 聞こえてきた。 優美の母親は 「社会のルール」に絡み取られるように しぶしぶと車にもどってエンジンをかけた。 そのころには優美の姿は すっかりと人混みに紛れて消えていた。 優美が息せき切って 萌子の背中に追いついたその時には もう光の姿はなかった。 「萌ちゃん!」 「優美!帰ったんじゃなかったの?」 「逃げて来ちゃった」 「大丈夫なの?」 「・・・大丈夫じゃないけど。 もういやなんだよ、こんなの」 「でもお母さん、また泣いちゃうよ」 「泣いちゃうかもしれないけど、 お母さんの言いなりになったら 自分が泣いちゃうから」 優美は言い切った。 そして 「光君は?」 とあたりをキョロキョロ見回した。 「止めたんだけど、行っちゃった」 「そんなのだめ」 「え?」 「だめだよ、萌ちゃん。 光君を行かせたらだめだよ。 絶対何かが起こる気がする・・・」 「そうだ、そうだね。 行こう!優美。光を止めなきゃだめだ!」 「うんっ」 二人は下駄をならして駆け出した。 (私たちは光を助けなきゃいけないんだ。 一体何から?ううん、わかんない。 わかんないけど、とにかく行かなきゃ) そんな思いに突き動かされていた。 その頃、一人でスマホに向かって 自撮り動画を撮り続けていた千風は いつのまにか自分が 一人になっていることにふと気がついた。 「あれぇ、みんな どこ行っちゃったのかなぁ」 ずっとスマホに向かって しゃべっていたので喉がカラカラだ。 屋台で何か飲み物を 買おうと思ったが、 人混みがひどくて なかなか列が進まない。 千風はいらいらとして、 出店街のずっと向こうを 眺めやった。 遠くに見慣れた 赤色の自動販売機が見える。 (ちょっと遠いけど、 もう帰るところだし。 あそこで買おう) 千風は しとやかに すばやく人混みをすりぬけ、 人気(ひとけ)の無い道へ滑り出た。 出店の並んでいるところには あんなに人が集まっているのに、 いったんそこを抜け出したら 閑散としていて寂しいくらいだ。 千風は自動販売機に 近付いていった。 すると向こうからも 人影が近付いてくる。 それを特に気にすることもなく、 千風は小さながま口から 小銭を取り出し顔を上げた。 「あ、千風姫・・・」 「小野田さん」 いつものごとくフードを目深にかぶったままだが、 その中に気弱そうな瞳がのぞいていた。 (この人は本当にとがった右耳の犯人なのか) まだ一座に入って日も浅いので、 小野田のことはよく知らないけれど、 いつも静かで優しい物腰だ。 犯罪を犯すようには思えない。 千風は 注意深く小野田を観察した。 「どうかしましたか?」 (やっぱ悪い人には見えない) 千風はレモンソーダを二人分買うと 一本を小野田に渡した。 「ありがとうございます」 二人は並んで歩き出した。 「あの、小野田さんはどうしてうちの一座に?」 「えーっと、動画編集が得意だったし。 ほんと、これ言っちゃうと引かれるかもしれないけど実は千風姫の・・・ ずっとファンだったんです。」 「え、あ、そうだったんですか」 「千風チャンネルで募集していたの見て、ああ、もうこれだ! ってすぐ応募してしまいました。前にしていた仕事が首になって、 実際、金が必要だったってのもあるけど」 「ああ。なるほど」 「動画編集は得意だし、好きな人の動画作れるってのは 天職でしょう」 いつもはめったに笑わない小野田が興奮気味に笑った。 (うわ、ちょっと怖っ) 「絶対に絶対に絶対に就職したいって思ったんですよ」 (ガチだ、これ。 こういう理由って知ってたのかよ、座長!) 「旅芸人一座だから仕事で全国を移動するってのも良くて」 (もしかして 警察の目をくらますためじゃないのか?) 「でも最初の興行地がここで 正直びっくり・・・あ、いや」 (なんでびっくりすんだよ!) 「え、なんでびっくり?」 千風は思わずそうつぶやいていた。 その言葉に小野田はハッとして、 今まで饒舌だった口をふいに閉じた。 (この話から言って、めちゃ犯人の色 濃いじゃんか) 千風はぐいとレモンソーダを 飲んだ。 喉がますますカラカラになった。 その時だった。 少年の集団が現れ、 あっという間に千風と男を取り巻いた。 「光・・・」 光は鋭い目つきで男の顔をにらみ据えている。 そして次の瞬間、男に飛びかかって 男のフードを剥ぎ取った。 とがった耳があらわになる。 「ほらな、隊長、俺が言ったとおりだろ。 あの日、山で見たんだ、俺。 こいつの耳、とがってるの」 中学生の一人が意気揚々と言う。 たしか山に一緒に来ていたうちの一人だ。 「ああ。ほんとだな」 光はつぶやいた。「やっと見つけた」 「見つけたからには罪を償ってもらわないと なぁ」 中学生たちは嬉しそうにじりじりと 小野田に近づいてくる。 ぽきぽきと指をならしたり 首をまわしたり まるで喧嘩の前の準備運動 をしているみたいだ。 「いったいなんのこと・・・」 男はすぐにフードを深く かぶりなおすとあとずさった。 「千風姫、こっちへ!」 光が手をさしのべてくる。 (本当に俺がかよわい姫だと 信じ込んでいるんだな) 千風は少し後ろめたい気持ちになる。 ファンに 夢を与えるのが仕事であっても、 こんなに純粋に 自分のことを思ってくれると それはそれで申し訳ない気持ちになる。 (それでもここはやはり 演じるしかないのか、美しき千風姫を・・)・ 千風はおずおずと手を差し出した。 光はその手を取ると引き寄せて 自分の背に千風をかばった。 「千風姫はとにかく早く逃げろ」 「あ、うん、けど・・・」 「けど?なに?」 (千風姫は美しくて強いんだよ) 「あたし、 そんなにかよわくないよ!」 (ああ、かったるい。もう自由にやっちゃえ) 螺鈿の黒下駄を夜空に跳ね飛ばし、 千風は裸足で着地した。 (なぁ光、 お前の正義ってなんだ?) ひるがえった浴衣の裾から、 なめらかなふくらはぎがのぞく。 (こんなふうに大勢で一人を痛めつける ってことじゃないだろ? とにかくひとまず 小野田さんを逃さなきゃ ふくろだたきだ) 「ね、君たちいつも私のこと 見ててくれてるから、知っているでしょ。 あたしがそんなに弱くないってこと!」 オドコ会の視線は千風の思惑通り もはや彼女に釘付けだ。 「は、はいっ」 そのすきに小野田はこそこそと逃げ出そうと していた。 「おいっ待て、お前」 光が言った。 小野田はぴたりと固まった。 光の目がぎらりと男を見据える。   光の一声にオドコ会の面々も ハッと我に返った。 「俺、あの事件から ずっとお前のこと探していた」 千風は息を呑む。 (やっぱダメか) その時予想外に大きな声で 「証拠なんてどこにもないだろ!」 と小野田がそう言った。 窮鼠は時に猫を噛む。 これまでの小野田からは予想もつかなかった 太々しさがふいに現れた。 「光っ」 その時、下駄を鳴らして 慌ただしく萌子と優美が到着した。 「見つけたっ!」 「お母さん、お父さん、こっちです!」 光の両親もあとから駆けてきた。 光の顔が歪む。 「やべぇ」 光と一緒にいた中学生たちが いっせいに声をあげた。 そして光を残して あっという間に暗闇の中に 走り去ってしまった。 「光っ」 母親が駆け寄ってきた。 父親はまっすぐに小野田に向かって 走り寄る。 「お前いったいどこにいたんだ?」 真剣な目をしてそう問いかける。 小野田は小さく縮こまり 下を向いている。 父親が小野田の肩を強くつかんだ。 「なんで?なんでお前 あんなんことしたんだっ 信じてたのに」 その言葉をきいたとたん 小野田の目からふいに涙があふれた。 いつもは自分にはあんなに怖い父親の 泣きそうな顔を見て 光はいらついたように母親の手をふりほどいた。 小野田にとびかかると、 「俺のうちをめちゃくちゃにしやがって。 許さねぇ」 と叫んだ。 小野田は顔をあげない。 嗚咽が続く。 「ぼっこぼこにしてやる」 光のこぶしが男を殴りつけた。 その時父親が小野田をかばった。 「やめろっ」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 小野田の口から大きな声が発せられた。 彼はフードをさっと脱ぐと その場にひれふした。 「お父さん、お母さん、 ずっと 謝りたいと思っていました。」 絞り出すように言った。 「金がなくて 暮らしていけなくて 借金を断られて カッとして やってしまいました。」 「ここに来るのは危険だって わかっていた。 だけど心のどこかで 見つけてもらいたいって 思っていた。 あなたたちに 見つかってしまえばいいと 二年間 ずっとずっと心のどこかで 思ってました。」 小野田は一気にそう言い そのあとは 地面につっぷしたまま 動かなくなった。 光のこぶしは行き所をなくし 振り上げられたまま 宙ぶらりんになっていた。 母親はそんな光を抱き寄せた。 「もういいのよ。光」 光はくやしそうに唇を噛んだ。 「警察に連れて行ってください」 小野田は顔を上げると 父親に向かってそう言った。 父親は深く頷いた。 そこにはもう迷いはなかった。 優美が夜空を見上げながら ぶらぶらと手をふりながら 歩いている。 解放された気分なのか 時々タタンと下駄をならす。 光と母親は、少し距離を保ちながらも 同じ歩幅で歩いている。 父親はといえば、 しっかりと 小野田の肩を抱いている。 何か大事なものを抱えているような 真剣な顔で。 小野田のフードは すっかりと取り払われて 今は後ろになびいた髪から あのとがった右の耳が あらわになっている。 その顔はとてもすっきりとしていて 夜風に前を向いている。 静かな夜空には星がまたたいていた。 「明日で最後だな。きよさわ屋での舞台」 「そうだね。頑張ってね」 千風と萌子はみんなの背中を眺めながら 並んで最後尾を歩いていた。 「今度はどこに行くの?」 「次は東京」 「すごいね!」 「ああ、すごいよ。 小さい劇場だけど東京、 ほんっとワクワクする」 「頑張ってね!」 「お前もな」 その言葉に千風の顔を見上げた萌子は 思わず笑ってしまった。 まったく出会った最初の最初から この姫スタイルにして乱暴な男言葉。 それはずっと変わらない。 「やっぱ千風姫は康介で 康介は千風姫なんだなぁ」 「なんだよ、それどういう意味?」 「それはね、どっちだっていいってこと。 言いたいのは、うーん、 あなたはあなただってこと、 と、とにかくどっちだって 私は全身全霊、 千風姫を応援しちゃうってことだよ」 「なんかよくわからないけど、 ありがとな」 「・・・元気でね。 夢は大スターなんでしょ」 「もちろん。 お前は世界一のパティシエになるんだろ」 「うん!」 「なかなかうまかったぞ。 イチジクのタルト」 「ほんと?」 「素質ありだ」 誰かに作ったお菓子をおいしいと 言ってもらえることが こんなに嬉しいものだなんて。 萌子は顔中に笑みが広がるのを感じた。 そして、千風にそう言ってもらえたことを これから一生忘れないだろうと思うのだった。 「大スターになってもきよさわ屋で舞台、 やってやるよ」 「あいかわらず高飛車だなぁ」 「だって、俺は九籐 千風だぜ」 「はいはい。 よろしくお願いします」 螺鈿の黒下駄を鳴らして歩く千風。 その歩幅に合わせて萌子も歩く。 (このままずっと この道が続いていたらいいのにな) ふと見上げた空には きれいな月が浮かんでいた。
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