4.あの日の事件

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4.あの日の事件

温泉街の夜は静かだ。 萌子はさっきまでなかなか手につかなかった 宿題をなんとかやり終えると 今日一日の出来事を振り返っていた。 間近で見た千風姫の美しさが脳裏に蘇ってくると 心臓がドキドキと音をたて始める。 けれど、それを邪魔するように 光のあのよそよそしい顔が 浮かんでくる。 (光はもう私の知らない人みたいだ) 萌子は光があの男の耳に気が付いていたら いったいどうなってしまったのだろうと 考えるだけで怖くなった。 とがった右耳の男。 二年前、 光の両親が営んでいる酒屋、 芦熊商店で強盗をはたらいた男はいまだ 捕まっていない。 その犯人につながる唯一の手掛かりは 光が見たとがった右耳。 そして その手掛かりを知っているのは 光と萌子の 二人だけだ。 お母さんもおばあちゃんも 萌子が四年生で まだ幼かったことを気遣い 詳しいことは 教えてくれなかったけれど 萌子は本当のことを 全部知っている。 光が教えてくれたから。 あの一座に新しく入ってきた 小野田という男の耳は たしかにとがっていた。 (考えてみると、 やっぱりおかしい。) 萌子は思う。 小野田は一人で あの入り組んだ山道の先にある 神社へやってきた。 土地勘がないとそうそう たどりつけるものではない。 だから自分も わざわざ千風の道案内を 頼まれたのだから。 けれど、もし仮に彼が犯人だとしたら 自分が強盗をはたらいた この町に戻ってくるだろうか。 そんな危険を冒すだろうか? (捕まるような馬鹿な事 しないよね。 右の耳がとがっていたのは きっと偶然だったんだ) 萌子はそう自分に言い聞かせた。 (あの時私たちは本当に なんでも話せる友達だった) だから光があんなによそよそしく なってしまって萌子は悲しかった。 一緒に犯人を見つけたいと 光の力になりたいと いつも思っていたのに。
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