神々の遊び

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 刻一刻と制限時間は迫っていく。  辺りは街灯の光も少なく、完全に暗闇へと近づいていた。  陽一は強気な姿勢でいたものの、残り時間を見る度に不安が募る。  やはりこちらから動くしかないのか――。  そう思った矢先、その時は不意に訪れた。 「ん? 今のは何だ?」  暗闇の中、画面の隅にやんわりとした光が見えた。  陽一は光の先を確認するよう画面を操作しながら上長に尋ねる。 「今の光、上長も見えたか?」 「おそらく、今新しくログインしてきた者だろう。最初は一瞬だけ光を放つからな」  そんな大切な話をどうして黙っていたんだと胸の内で呟きつつ、陽一は光の先の確認を怠らない。  この世界に来た時はまだここまで暗くはなかったので気が付かなかったが、この特性は生死に直結する。  陽一はそう感じていた。  制限時間は残り十五分余りと表示されている。 「上長。行くぞ」 「相性云々ってのは良いのか?」 「勝つ条件は一つじゃないからな。むしろ勝つ確率を考えるなら、まだこの状況を理解できていないやつに戦いを挑む方がよっぽど高いだろ」 「容赦ないんだな」と上長は鼻で笑うと、陽一の指示に従って階段を下り、静かに玄関のドアを開いた。  陽一は光が見えた方向へとスマートフォンの画面をスワイプする。  最初は地元を選んで正解だった。  光は一瞬で消えてしまったものの、見慣れた地形ということもあり、大体の場所の目途は立っていた。  辺りに気を配り、物陰に隠れながら進んで行く。  アジトとしていた家から三つ目の十字路を視界に捉えた時、左へと舵を切る生物らしき大きな影が見えた。 「今の見えたか、上長」 「あぁ。あれは間違いなく、誰かの守護神だろう」  陽一は大きく息を吐き出した。  街灯が悪ふざけをしているのか、妙にチカチカとして雰囲気を醸し出している。  スマートフォンに触れる指が、自分の意思を持ったかのように微かに震え出す。  突然口数の減った陽一の様子を気にしたのか、咄嗟に上長が問いかける。 「どうする? あいつと勝負するか?」  多少の戸惑いが残っていたが、画面に表示された制限時間を見て、陽一から迷いは消えた。 「もちろん」  陽一からの返答を聞き上長は親指を立てると、足早に影の見えた十字路へと向かって行く。  沈黙を貫く冷たい夜道は、今までで一番と言って良い程に陽一を集中させた。  十字路に佇む電柱に左手を掛け、そっとその先を覗き込む。  そこにはまだ、傍から見ても操作が不慣れだとわかるくらいに辺りを頻りに見渡す守護神の姿があった。 「大きな亀みたいだな」  思わず口をついて出た。  陽一は神さまを名乗るからには仏像であったり、はたや天使だったりの姿を想像していたので、ただ大きくなった亀とは思いもしなかった。 「あんな姿の神さまもいるんだな」 「俺みたいのもいるし、何ら不思議はないだろ?」  上長の言葉は「それもそうか」と思える変な説得力があった。  電柱の陰から飛び出す前に、陽一は上長に尋ねた。 「なぁ上長。この守護神同士の戦いってのは、俺が指示を出す必要があるのか?」 「いや、別に必須じゃない。とはいえお前の声は届いているから、指示通り動くこともは可能ではあるけどな」 「そうか」と返事をすると、意を決したように「行くぞ」と上長に言った。  陽一の指示通り上長が電柱から飛び出すと、二足歩行をする大きな亀がゆっくりと歩く姿が画面に映し出された。  上長の気配か、もしくは画面越しの陽一の殺気にも似た視線に気が付いたのか、亀の守護神は首を後ろへと向けた。 「早いな、もう気付かれた」  上長は落ち着いた声で呟いた。  こちらの存在に気が付いた亀の守護神はまるで人間のような驚いた表情を見せ、その後は踵を返し、先程までとは打って変わってこちらに物凄い速さで向かって来る。 「陽一、ここから先は守護神同士の戦いだ。戦闘シーンを非表示にも出来るが……、どうする?」  その言葉は「怖気づいているなら」と言われた気がして、陽一は間髪入れずに「もちろん見るさ」とスマートフォンに向かって言った。  上長は「了解」と言うと同時に、亀の守護神に向かって走り出した。  距離が近づくと、画面に映る姿は二回り以上も大きく感じる。  両者の距離が無くなったところで、亀の守護神は上長を切り裂かんとばかりに前足を大きく振りかぶった。  陽一は自然と笑みが零れた。 「そりゃ急に敵が現れたら焦ってそうなるよな。上長、右の塀の上までジャンプだ」  上長は指示通り、いとも簡単に塀の上に飛び乗り攻撃を回避した。 「やっぱりそうか」  上長は身体こそ成人男性と同じような体型ではあるが、卓越した身体能力を持っている。  陽一の思惑通りだった。  最初に違和感を覚えたのは、この世界に来てすぐのことだ。  見慣れているはずのこの世界がやけに綺麗に見え、何より空を飛ぶ鳥さえも鮮明に映し出されていた。  最初はゲームの性質かと思っていたが、上長が『俺の目は中々に綺麗に見えるだろ』と言ったことから、これは上長のスペックがなせる業ということに他ならなかった。  流石に暗闇の中でも見える、といった力は持ち合わせていないものの、人より何倍も優れた視力を持っていることは間違いがない。  肉体的なスペックをとってもそうだ。  陽一が身を潜めていた家。  あの家の玄関を閉めた時、鍵は漢字の「一」の状態になっていた。  つまり、家には鍵が掛けられていたことになる。  しかし、上長は当たり前のようにドアノブごと壊して中へと入ったのだ。  辺りに気を配りながら上長のスペックを細かく確認していくことは出来なかったが、これだけでゲーマーの陽一にとって、上長のスペックを想像するには充分過ぎる情報だった。 「初心者なら必ず大振りになって襲ってくる。お前の目でしっかりと見れば、必ず隙をつける。お前も得意な攻撃の一つくらいあるんだろ?」 「恐ろしいやつだな」  亀の守護神は雄叫びを上げながら上長へと視線を移し、再び向かって来る。  今度は嚙みつこうとしているのか、口を開けたまま首を伸ばした。 「ギリギリまで引きつけてから反撃だ」 「はいよ、相棒」  上長は目と鼻の先程度の距離で攻撃をかわすように塀から地面へと飛び降りると、亀の守護神の伸びきった首を目掛けて再び宙を舞う。  あまりにも一瞬の出来事だった。 「終わりだな」  上長の視線には、大量の黒い血のような液体を流し、前のめりに倒れた亀の守護神の姿があった。  道路の脇には長い首が転がっている。 「確かにグロテスクだな」と思いながらも、高揚している自分がいることに気が付いた。 「すげー迫力だったな……。ところで上長、お前そんな刀持っていたのかよ」  上長は右手に日本刀のような鋭利な刃物を持っていた。  刃先からは液体がしたたり落ちている。 「流石に丸腰じゃ勝てないからな。それに、やっぱり侍といえば刀だろ?」 「ただの国会議員がいつから侍になったんだか……。で、どこに隠していたんだ?」 「こういうものを自在に出せるのが俺ら守護神なんだ。たぶんこいつも持っていたんだろうが、恐らくユーザーの指示で動いていたんだろう」  陽一が雑に指示を出していたことが、逆に良い方向へと向かわせたということだった。  陽一は思わずこめかみを指で掻いた。 「そういうことは前もって言ってくれ」 「悪い、悪い」と言いながら、上長は刀を何処かへしまった。 「一先ず今回のミッションはここまでだ。残り時間ももうあと僅かだが、少しこの辺りを徘徊するか?」 「ミッションが終わり次第、ゲームが終了するわけじゃないのか?」 「あぁ。制限時間が終わるまでは他の守護神同士の戦闘も見られる。ちなみに、既にミッション達成した者が戦いに巻き込まれることはない」  上長の最後の一言に、陽一はほっと胸をなでおろした。 「そうか、じゃああと少しだけ見ていこう」  こうして陽一の初ミッションは無事に成功を収めた。  再び夜の町を歩き始めた後、陽一はふと、倒した亀の守護神が気になり振り返る。  それは時間にしてコンマ数秒。  瞬きの瞬間程度の時間であったが、亀の守護神の上に放心状態の若い男性らしき姿が映し出され、間もなく守護神とともに姿を消したのであった――。 ◆  ――現実世界の大型ビジョンは、今もニュースを報道している。 「げ……。また犠牲者が増えたのかよ」 「こわーい。これで何人目?」 『繰り返しお伝えします。速報です。本日午後十時半頃、新たな犠牲者が確認されました。警察が身元確認を行ったところ、犠牲者は都内の大学に通う赤石学さん、二十一歳だということです。赤石さんは大学付近のマンガ喫茶に午後八時頃より入店し、午後十時半頃、赤石さんの個室から突然『ドン』という大きな音を聞いた店員が不審に思い部屋に入室したところ、スマートフォンを持ったまま、意識を失っていたとのことです。その後病院に搬送されましたが、まもなく死亡が確認されました』  画面に映し出された顔は、陽一が見た、亀の守護神の上で放心状態の若い男性であった――。
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