神々の遊び

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 マップには既にその場所にいるユーザーを示すピンがあちらこちらに立っている。 「まずは現在地が表示されているのか。なるほど、こうするともっと広範囲に行けるわけね」  操作はスマートフォン同様に、親指と人差し指を摘むようにすると範囲が狭まり、逆に開くと広範囲が表示される仕組みになっていた。  上長に言われた言葉を忘れてしまう程に、中身はゲームそのものだった。 「取り敢えず、まずは家の近くから行きますか」  画面に映る範囲はかなり狭い範囲ではあったが、ピンの数はざっと五十近くは存在している。  陽一が自宅から徒歩五分程の距離にあるコンビニ付近をピン留めすると、『ここでよろしいですか』とポップアップが表示され、『はい』を選択した。  まるでその場からリアルタイムで撮影しているかのように、辺りは暗く、地形は陽一が今まで見て来たものがそのまま一人称視点で映し出される。 「俺の目は中々に綺麗に見えるだろ」  どうやらこれは上長の視点になっているらしい。  画面の左右、上下に振れると、上長の視点も連動して動く。 「上長。これって音声でも操作可能なの?」 「問題ない。ちなみにお前の声は俺以外には届かない」と上長は加えて言った。  陽一は「なるほど」と言いながら辺りを見渡していく。  コンビニの外装や道路標識、信号に空を飛ぶ鳥。  見れば見る程、自分がそこに立っているかのような、現実世界そのものに感じられた。  まるで同じ世界にいながら、別の世界に来たかのようだった。 「近くに他の守護神がいるかどうかっていうのは、どうやったらわかる?」 「歩いて探すしかないな。一度マップ内に入ると、さっき見ていたユーザーのピンはもう見ることが出来ない」 「ゲーム性に欠けるな」と内心思ったが、むしろこの方がよりリアルに近いと陽一はすぐに気が付いた。  いつどこから守護神が現れるかわからない。  そう考えると、一歩足を前に出すことでさえ手に汗が滲んだ。 「さっきは結構ピンが見えていたんだけどな……。ん、待てよ」  陽一はその場で思考を巡らせる。  もし自分と同じようにログインしたユーザーが守護神から同じ説明を受けたのだとしたら、こんなにも堂々と道の真ん中を歩くだろうか。  まずは情報戦。  どこか近くに身を潜め、他のユーザーの動向を探るべく、情報収集に徹するのではないか。 「上長! あの赤い屋根の家に入れ! 急げ!」  陽一はスマートフォンを持ったまま勢いよく立ち上がり叫んだ。  今も誰かに見られているのではないかと考えると、叫ばずにはいられなかった。  上長は右手に見えた家の玄関へと向かう。 「ドアは静かに開けろよ。ゆっくりだぞ……」  既に誰かが潜んでいるかもわからない。  陽一は上長に指示を出しながら、画面の隅々にまで視線を巡らせた。  ガチャという鈍い音を奏でてからドアは開き、家の中が露わになっていく。  玄関には二足の靴と、傘立てが置いてある。  辺りを確認してからドアを閉めると、足音を立てないように中へと入った。  一部屋ずつ、くまなく確認をする。 「ふぅ……。この家には誰もいないか」  二十分程の時間を掛け、二階建ての家を隅々まで確認した。  これだけでどっと疲れが出た。 「今回はここをアジトにしよう。二階の窓から外を見てくれ」  上長が窓を開けると、最初に見たピンの数とは裏腹に、重い静けさを纏った風が家の中へと吹き込み、窓辺のカーテンを揺らしていた。  やはりログインしているユーザーは皆、どこかで姿をくらませているのだろう。 「負けると死ぬ」という上長の話が本当か否かを確かめる術はないが、用心するに越したことはなかった。  張り詰める緊張感の中、瞬きも忘れて目に映る情報を次から次へと処理していく。  現実世界と異なる点は見当たらないが、唯一わかったことは、この世界線には人間が存在していないということだった。  上長曰く、守護神がその人間の代理としてこの世界に来ているからだという。  そうなると、単なる守護神同士の戦いとは言い難いと思いつつも、余計にゲームの世界にのめり込んでいく自分がいた。  悔しいが、上長の言っていた『上の連中は敢えてお前らの好きそうなゲームを用いて』という言葉が如何に適切だったかを証明しているようにも思えた。  人がいないと、この世界はこんなにも静かなのかと思いながら時間だけが過ぎていく。  制限時間は残り一時間に迫ろうとしていた。 「この家に来てから、もうじき二時間になるのか……。一体、どこに隠れているんだ?」 「まぁ制限時間ギリギリに慌てて動き出すやつもいるだろう。もしくはこちらから探しに出回るかだが……」 「いや、それはダメだ」  力強く陽一は言った。 「この手の類のゲームは焦ったら負けだ。焦らなくても、必ず勝機は来る」 「ほう、大した自信だな」  上長は含みを持たせるように言ったが、言葉を被せるように陽一は続けた。 「ゲーマーの血を舐めないでほしいね。昨日だって三時間で百連勝しているんだぜ?」  陽一は完全に運任せと言われているこのゲームで、勝利を重ねていた。 「アップデート前は完全に運任せとか言われていたが、実際はそうじゃない。守護神にだって相性がある。そうなんだろう?」 「それは公表されていないはず……。何でそのことを?」 「だから、あんまりゲーマーを舐めるなって。あの時は戦闘を回避する『逃げる』コマンドが確立でしか成立しなかったが今回は違う。確率じゃなく、戦うかどうかはこっちの判断で決められるんだ。それなら必ず勝機はある」 「ほう、何だか楽しくなりそうだな」 「とにかく。ここは焦らず、俺の指示に従ってくれ」 「了解」と呟き、上長は再び静かに窓の外を見つめた。
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