山頂の風に吹かれて

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今、登っている山も標高三百メートルくらいの低い山でもう何度も登っていた。山頂までの一般的なルートは全部、歩いていた。 気楽な山登りだ。だから地図もコンパスもいらない。熊避けの鈴もいらない。そもそも、この山には熊などいない。いるのはイノシシと野良猫くらいだ。 私はいつも単独登山だった。みんなでわいわい、おしゃべりをしながら楽しく山登り、などはしたことがない。どうしても人それぞれ歩くペースは違う。自分のペースを乱されるのはごめんだった。それにこれが一番の理由だが、友人と呼べる人間に山登りをする者は一人もいなかった。だからといってハイキング同好会などに参加するつもりもない。 一陣の風が吹き、樹木の枝葉が揺れ、木漏れ日が地面に踊る。 私は水筒をザックにしまうと、再び山道を歩き始めた。 焦らず一歩一歩、地面の感触を確かめるようにゆっくり登ってゆく。頭上では野鳥が鳴いている。何の鳥かは分からない。私が鳴き声で把握できるのは、ホーホケキョ、分かりやすいウグイスくらいだった。 若干、息を切らしながらも歩き続け、ようやく山頂の手前までやって来た。 見慣れた景色だ。細い山道の両側に桜の木などが間隔を開けて並び、一ヶ所、山道を少し外れたところに広場のような場所があり、木製のテーブルと丸太の木の椅子がその周りに幾つか置かれてあった。 この光景を見ると、いつもホッとする。山頂はもう目の前だ。いくら低い山とはいえ、ここまで頑張って登ってきた自分を誇らしくも思える瞬間だった。
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