第一章 きゅうりと殺人と時々恋

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 お盆初日。  大和と佐賀は、西区の霊道派出所へ向かっていた。スクエア型の白い箱。三途の川の渡し船がある場所に立てられている霊道派出所は、常に特殊警察官が常駐していて、死亡届と照らし合わせ、未発見の殺人ではないかなど知らべている。大和は別の派出所へ行ったことはあるが西区は初めてだった。内装と外装ともに変わらず、同じところに来てしまったと錯覚する。建物の裏に設置された入り口からインターフォンを押して二重の扉を抜けると、目の前には三途の川が広がっているのが、いつもの光景だった。 「ハルちゃんはこの風景しっかり見えるんだよね? 私は霊力が低いから霞んでるのよね」 「……見えません」 「え? 霊力なくなっちゃったの?」 「いえ……その……なんというかこれは……一面のきゅうり……」  大和の目の前には神秘的な光景は広がっていなかった。心癒されるせせらぎも、透き通った霊界の白い花もそこにはなかった。さまざまな形のきゅうりの精霊馬に跨った幽霊と、上空からも降り注ぐように着陸態勢に入る精霊馬、花火大会の群衆のようにひしめき合い、陸も空も大渋滞だ。一面の緑に、お盆の激務の意味をようやく理解した。 「おーい、おーーい!」  きゅうりの中から声がする。大和はこの声を一度聞いたことがある。 「もしかして今福さんですか?」 「そうよ! ここよ、ここ!」  きゅうりの中から手が伸び大和たちに向けて振られている。空気を得たように「ぷはっ!」と現れた今福は、加々美と警察学校をともにした同期で、特殊警察部交通課霊道係で主に霊道派出所の三途の川の管理を任されている。 「新しい制服、霊に触れられるのはいいけど、精霊馬にも触れられるから押しつぶされちゃうわ!」  へろへろになりながら話しかけてくる。 「今日は、この派出所なんですね」 「そうなのよ。ちょっぴり残念。でも仕事終わりには少し会えるの。河川敷の花火を遠くから見るつもり」  今福は、別の派出所にいる三途の川で霊を渡す船頭と恋をしている。霊と人間の恋だ。 「幽霊の船頭なのに休みがあるんですか?」 「霊界における公務員みたいなものらしいの。お休みちゃんとあるのよ」  指先で毛先をくるくるしている今福はいつもより嬉しそうだ。遊んでいた指が制服をなぞっていく。 「仕事、大変になっちゃったけど、この制服楽しみだな」 「ああ、なるほどねえ」  佐賀がにやにやしながら今福を見ている。 「どういうことですか?」 「ハルちゃんは鈍いなあ。でも秘密」  佐賀は今福と顔を見合わせ人差し指を口元にあてる。 「……どういうことですか?」  だめもとで、後ろにいる狸の源次郎とツキノワグマで佐賀の相棒の大悟に尋ねたが、大悟は「女はよくわからん」と言う。 「ゲンさんは?」 「普通に考えればわかるじゃろう」 「分からないからきいてるんですよ」 「好いてる者と花火を見るなら寄り添いたいものじゃな」 「……?」 「お主にはしばらく恋人はできそうにないの」  あきれる源次郎は「仕事するかの」とロープが張られている特殊駐馬場へ向かう。  頬を赤くしていた今福も、仕事モードへ切り替え、初めての大和に仕事の内容を教える。  大和は、言われたとおりに声をかけるが霊は言うことを聞かない。 「こちらに停めてください!」 「故障した精霊馬はあちらです!」 「そこ! スピード出しすぎです!」  早く子孫に会いたい霊たちは我先に雑に停めていく。 「春市君、これ渡し忘れてた!」  お札を数枚渡される。 「違反切符ならぬ違反お札。あまりにいうこと聞かないなら貼っていいよ。霊界の三途の川の担当の人ともそれで話ついてるし」 「でも、消えたところで行き専用だから効果ないんじゃ?」 「帰りの茄子の精霊馬と力が連動してるから、帰りの精霊馬も消えちゃうのよ。だから効果ありよ」 「連動してるんですか?」 「こめられている念は同じ親族のものだからね。徒歩で帰ることになると三途の川の舟が大混雑しちゃうのよ。それを嫌がって札を貼られたくないってわけ」 「わかりました。やってみます!」  しかし、それでも大量の霊を追いかけることに慣れていない大和はすぐに声が枯れる。 「警察学校時代でもこんなに声出さなかったぞ」  足が一本だけエンピツになっている精霊馬を指定の位置に誘導したところで咳き込んだ。
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