第一章 きゅうりと殺人と時々恋

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「どけどけ!」  一体の精霊馬が大和に突っ込んでくる。赤や黒に塗装され塗り残された隙間からきゅうりの緑が見えている。 「停まっ……この制服あれば体で受け止めれるのか」  声が枯れている大和は、身をていしてとめようと両手を広げる。ちょうど胸のあたりに抱え込むように精霊馬の真っ黒な頭を捉えたかに思えたが、斜め下から強い力で押し上げられる。ものがぶつかるというより大きな空気の塊のようなものが胸に押し付けられ感覚に近い。実体化した霊力を大和は止めようとするが…… 「うわっ!」  霊力の高さ関係なく、物理的な力にまけ吹っ飛んだ。  大悟にお姫様抱っこの形でキャッチされ、ケガを免れた大和。ちかちかする視界が鮮明になり、よくみると上空にはそのまま通過していく精霊馬たちがいる。 「あれはどこへ?」 「ん? ああ、あの精霊馬たちはそのまま仏壇へ行くんだ。作った人間の念の強さや霊力によって動ける距離には限りがあるんだとよ」 「なるほど。つまりここにあるのは燃料切れなんですね」  燃料が切れたような声を出しながら大和が言う。 「この小童!」  大和は、赤と黒の精霊馬に乗った霊に怒鳴られる。80代くらいの霊で、怒りの形相が恐ろしい。服装は甚兵衛で、下駄を履き、いつごろ亡くなったのか一目瞭然だ。 「す、すみません」 「わしの精霊馬が壊れたではないか!」  ぐったりと横たわる精霊馬。しかし部品は無事でどこも壊れている様子はない。むしろ今にも走り出しそうに震えている。 「まだ行けそうですよ。霊力も切れてないみたいですし」 「当り前じゃ! 孫の作った力作じゃぞ!」  老人が指さした先には胴体に彫られた「こうのすけ」という名前。 「小学生ですか?」 「ようわかったな。三年生じゃ。ようできておろう」  名前を書くあたりがと、喉から出かかった言葉を飲み込み、大和は起こす手助けをする。  大和が触れると精霊馬が激しく震えだし、動き出そうとしている。老人は慌てて飛び乗り「慰謝料代わりに」と大和の活動服の帽子をひったくる。触れる仕様になっている帽子もいとも簡単に相手の手に渡ってしまう。 「返してください!」  飛び立とうとする精霊馬のお尻に刺さっている棒に触れる。サイズは大きいが算数の教具の赤色の数え棒に似ている。  大和の足が地上から離れた。源次郎が精霊馬を掴んでいる大和の腕に乗り手をはたく。 「あほう! やつらは通り抜けられるが、お主は壁にぶつかるだけぞ!」  大和は慌てて手を放し、尻もちをつく。 「いててて……」  臀部をさする大和を源次郎は目を細めてみている。 「なつかしいの」 「何が?」 「最初の仕事でも同じミスをして堺にどやされておったな」  初めての任務は堺とだった。霊を捕獲し壁におしつけ動きを封じようとして、壁を通り抜けて逃げられたことがあった。 「今回は未遂です。成長してるでしょ」 「まっ、ほんのわずかじゃがな」 「あーあ、逃がしちゃった。角野さんにどやされるかな。新品だったのに」 「角野はおこらんじゃろ。丸山は怒るじゃろがな……あっちじゃな」  源次郎が地面を嗅いでいる。鼻の下には大和の制服のボタンがあった。 「もしかして……」 「有能な狸じゃからな。お主の制服から一つ拝借した」 消えた一番上のボタンがあった所から、糸がへにゃりと飛び出ている。 「手を叩くときに、あやつの霊力にあて記憶させた。これさえあればわしが感知して追いかけられるぞい」 「ゲンさーーーん!」 「やめんか!!」  近江のように、大和は源次郎を抱きしめた。
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