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「夏休みだけの予定で雇ってもらってるんだ。大学生ってことで」
ベンチに座ってラナが話し出した。手にしてるのは缶コーヒーと…
「吸う?」
煙草を僕に差し出すと、慣れた手つきで火をつけた。立ち上る煙が目にしみた。
「吸い込まなきゃ」
目を細めて言われるがままにすると、刺激のある煙が喉を引っ掻くように通り抜け、僕は盛大にむせた。涙目で咳き込む僕を見て、ラナはけらけら笑っていた。
「初めはみんなそうだよ」
笑みを浮かべたまま、ラナは髪を束ねていたゴムを外して髪をなびかせ、煙を燻らせた。大人っぽい香水がふわっと風に乗って薫ってくる。
何だか悔しくてもう一度やってみた。今度は上手くいったが、初めての感覚に頭がくらくらした。
「上手」
子どもを褒めるみたいな口ぶりだった。
口止めのつもりだろうが、僕らはまだ17だし嫌なら断ればいいだけだ。それでもなぜか僕は拒めなくて、むしろ彼女が笑顔になれるなら、不恰好な姿を見せても構わないとさえ思った。
「いつも吸ってるの?」
「少しだよ。父親のをくすねてるだけ」
メントールが入っていて、そんなにキツいものではないようだ。
「それ、今日発売したんだよね」
僕のティーソーダを指差す。
「うん。去年飲んで美味しかったから、楽しみにしてたんだ」
「ちょっとちょうだい」
僕はキャップを開けて手渡した。ひとくち飲んだ彼女は、炭酸の刺激にぎゅっと目を閉じて肩をすくめた。
「美味しいね。ありがと」
気軽に返されて、すぐに口をつけるべきか迷ってしまう。変に意識しないでおこうと思うのに、慣れないことばかりでさっきから一人でドキドキしている。
しばらく黙ってふたりで煙をあげた。
さっきよりも大きく息を吐き出すと、何だか深呼吸の後のように心が落ち着いてきた。
ええい
思いきってソーダを口にすると、爽やかなシャルドネの香りの炭酸が、弾けて喉を潤した。それで吹っ切れたのか、言葉が自然に出てきた。
「何で、こんな時間にバイト?」
「時給いいしね。でも、一番は父親といたくないから」
「喧嘩でもしたの」
「会社クビになって飲んだくれてるの。就活も上手くいかないみたいだし、母親が夜の仕事始めたから、二人きりになりたくなくて」
「…殴られたりする?」
「そこまでは、まだ。でも、愚痴を聞くのも限界」
苦笑いしながら、ラナは煙草をもみ消した。
モデル並みの容姿を持ちながら、華やかな生活とは縁がなさそうな彼女に、世の中は意外と平等なんだ、なんて罰当たりなことを考えてしまった。
「今日はもう上がり。終電で帰る」
「駅まで送るよ」
「すぐだから平気」
「でも、夜中に一人じゃ…」
「ありがと。海は優しいね」
ラナが僕の名前を覚えていてくれたことに、鼓動を高鳴らせながら、僕は立ち上がった。
それがふたりの初めての『密会』だった。
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