月虹

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昨夜の指示通り、レジを通さずに品物を受け取り、店の外にいる岡崎に渡した。緊張と恐怖で手も足も震えていた。僕は自分を抱きしめるようにぎゅっと腕を掴んだ。 「サンキュ。明日もまた頼むわ」 「そんなっ、それじゃ話が…」 「世の中そんなに甘くねえぞ」 僕はその場に座り込んでしまった。 ぎゃははと下品な笑い声を立てて、岡崎が闇に紛れていく。 その時、一人の男が岡崎の前に立ちはだかった。 「何だよ」 「警察だ。岡崎慎也、強要の現行犯だ。君には他にも色々と聞きたいことが山ほどある。一緒に来てもらおうか」 「何を証拠にそんなこと…」 男が小型の機械を操作すると、岡崎の声が再生された。昨夜の僕たちとの会話だった。 顔色を失った岡崎が、僕に罵声を浴びせる。 「はめやがったな、このくそ野郎がっ」 僕に掴みかかろうとしたその腕を、男がねじ上げた。 「(いて)っ、(いて)えよ。離せってば」 「往生際の悪いガキだな。お前のしたことはこんな可愛いもんじゃないってこと、思い出させてやるよ。お前らも来い」 いつの間にか数人の警官が彼らを取り囲んでいる。 岡崎が弁護士を呼べと少し騒いだだけで、あっけない幕切れだった。 覆面のパトカーが走り去ると、ラナが僕に手を差しのべた。その手は少しだけ震えていた。 「…何が起きたの?」 「あいつらに一泡吹かせてやりたかったんだ」 いつもの公園のベンチに腰を下ろすと、ラナはぽつりぽつりと理由を話してくれた。 ラナの友達が岡崎たちに乱暴されたのは、この春のことだった。岡崎の素行の悪さはその界隈では有名だったが、家が裕福なので金の力で被害者たちを黙らせてきたようだ。 先ほどの刑事はその女の子の従兄(いとこ)だった。彼が他の被害者からも証言を集めていく過程で、これは看過出来ない状況であると上の判断が降りた。ラナはこんな機会を狙って、ここでバイトをしていたのだ。 「刑事さんがいてよかった」 「…そういうことなんだ」 「驚かせてごめんね。でも、海のことも絶対守るつもりだった」 ラナはそう言って僕を抱きしめた。 ふわっといつもの香水に包まれて、僕は無性に泣きたくなった。 自分が情けなかったのもあるが、それ以上にラナがこんなちっぽけな僕を守ってくれたことが、嬉しくて愛おしくてたまらなかった。 ラナはその週末でバイトを辞めた。
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