23人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
帽子を目深に被り、だて眼鏡とワイヤレスのイヤフォンをお守りがわりに僕は家を出た。
まだ8月だけど夕方の空気は涼しくて、少しずつ季節が移っているのを感じる。
電車に乗るのは久しぶりだ。
各駅停車の空いてる席に座るとほっとした。視線を落とし、耳から聞こえる音楽に意識を集中させていると、周りが気にならなくなった。僕は外出が出来ないわけではなかったが、やっぱり人混みは苦手だ。誰も僕を知らないはずなのに、皆が自分を見ている気がする。岡崎の次に怖かったのがそれだ。
でも、辛かったのは僕がずっと逃げていたからだ。
声を出せば、手を伸ばせば届くところに誰かがいることに気づかなかった。
ラナが教えてくれるまで。
モノレールに乗り換えて、窓際の一人がけの席に座った。倉庫街やビルの間から東京湾が見える。綺麗な砂浜とは程遠いけど、広がる水平線を目にすると何だか気持ちが落ち着いた。僕たちはこの海で繋がっていて、その先にラナが向かう場所がある。
国際線の出発ロビーは思ったよりも広く、旅行者も多かった。
彼女の携帯の番号を聞いておけばよかったと後悔した。ラナには夢があるのだから、いつこんな別れが来てもおかしくなかったのに。
安穏から抜け出せない自分を責めながら、僕はラナを探した。曇り空の隙間から夕陽が射し込んだ。高い天井まで届くガラス窓からの光は、一人の人物をくっきりと浮かび上がらせた。
彼女の周りに虹が見えた、気がした。
「ラナ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
彼女も僕に気づいて大きく手を振った。
「来てくれたんだ」
「来るよ。こんな時くらい」
「頑張ったじゃん」
ラナは子どもみたいに僕の頭を撫でた。
最初のコメントを投稿しよう!