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「三木本、ちょっとこい」
津山に呼ばれ、三木本は席を立った。二人でプレゼンテーション用の資料をのぞき込み、あれこれ話し合っている。
「武闘派 v.s. インテリやくざの構図だな……」
根岸がぼそっと言うそばで、平嶋は複雑な気持ちになっていた。
午後からは、三木本がはじめて主担当となった顧客とのウェブ会議がある。今チェックされているのは、そのための資料だった。もちろん、平嶋も事前に確認している。
これまでは資料に何かあれば、三木本が作ったものでも平嶋が呼び出されて指摘を受けていた。いうなれば、平嶋が津山と三木本のパイプ役を務めていたのだ。だが、三木本がオジナールを服用しはじめて数週間、津山は三木本に直接話しかけるようになっていた。
「女子モードの三木本には、厳しいことが言えなかったんだろ。怖い顔して、あの男にもスケベ心があったんだよ!」
自信満々に津山をスケベ呼ばわりする根岸だが、自分だって三木本の呼び方が「ミキちゃん」から「三木本」に変わったことに気づいているのかどうか。とにかく、三木本が他の男性社員と同じように扱われるようになったことは確かだった。しかも、割と高く評価されている節さえある。
「顧客は何よりもまずコストを気にするものなんだよ。お前の資料は、技術的な面を細かく書きすぎる」
「なるほど……では、仕様説明は削って別に添付することにします」
「ああ、そうしろ」
三木本は「ありがとうございました」と礼をして自席に戻りかけた。
「おい、三木本!」そこに津山が呼びかけた。
「資料はもうほとんど問題ない。堂々と話せよ」
「……はい!」
三木本は再び頭を下げると、オジサンにしては軽い足取りで戻っていった。
平嶋は歯噛みしたい気持ちだった。三木本は伝統的に男性が多かったシステム開発部で、久しぶりの女性社員として採用された。だから指導係を任されたときは、荒っぽくデリカシーのないこの職場で、自分が三木本を守る壁になってやらねば! と意気込んだ。だがその壁は取り払われた。三木本自身が、オジナールを使って取り払ったのだ。
「平嶋ァ。昨日のデータ、まとまってるか?」
「あ、すみません、これからやります」
午前中、平嶋はなかなか仕事が手につかなかった。
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