第4話 君のぬくもりを感じて

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第4話 君のぬくもりを感じて

 金曜日、仕事帰りの客でごった返す駅で、仕事帰りの栄太朗はいつものようにスマートフォンを手に、LINEで連絡を取っていた。その相手は妻の紀子ではなく、しおんだった。  初めて会った日以来、栄太朗は家族のいない時間を見計らっては、しおんにメッセージを送っていた。しおんは、栄太朗のメッセージにすぐ返事をしてくれた。話の内容は互いの仕事や日常のことばかりだったが、二人は毎日のようにメッセージを交わしていた。  そして二人は、お互いの都合の合う日に食事をする約束を交わしたのだ。 「こんばんは、これから新宿に向かいます」 すると、すぐさま栄太朗のスマートフォンに着信音が鳴り響いた。 「OK! じゃあ、南口で待ち合わせしようね。何着て行こうかな~」  しおんからの楽しそうな文体のメッセージが届いた。栄太朗はスマートフォンを仕舞い込むと、自宅に向かう方向とは逆の、新宿に向かう電車へと乗り込んだ。片手で高鳴る胸を押さえながら、栄太朗はしおんに会えるその時を心待ちにしていた。今夜は新宿で二人きりで飲む約束をしたのだ。  新宿駅を下車すると、栄太朗は甲州街道の歩道沿いにずらりと並んでいる人待ちしているとみられる列を、片っ端から確かめだした。 そして栄太朗は、ちょうど列の真ん中辺りでしおんらしき姿を発見した。ワイン色の肩紐の細いキャミソールにミニスカートという、こないだ会った時よりもちょっぴり大人っぽい雰囲気のしおんは、栄太朗が呼び掛けるよりも先にこちらに駆け寄ってきた。 「栄太朗さん、こんばんは」  しおんは八重歯を見せながら軽く手を振り、栄太朗のすぐ隣に寄り添うかのように歩きだした。そして、誘うかのように長い髪をかき上げると、背中で紐が大きくクロスし、露わになった背中を栄太朗の目の前に見せつけた。 「どう? 今日はちょっと大人っぽいのを選んだんだ」 「……こ、こんなに背中を出して。ここまで来る途中、男の人に目を付けられたりしなかったんですか?」 「何言ってんのよ。栄太朗さんじゃあるまいし」  しおんは呆れ顔でそう言うと、ヒールの音を響かせながら、デパートや飲食店が立ち並ぶ駅東口方面へと歩きだした。やがて二人は、異国風の彫刻が置かれた多国籍料理のレストランに入った。栄太朗はしおんに先導されながら、店の奥にあるテーブルに着いた。 「ここ、すごく美味しいのよ。料理もお酒もより取り見取りだから、メニュー表を見てるだけでも楽しくなっちゃう」  栄太朗が目線を落としてメニュー表を見ていると、しおんの胸の谷間が視界に入った。しおんは栄太朗の視線に気づいているのかいないのか、メニュー表をじっくり見入っていた。 「決まった?」 「あ、ま、まだこれから……」 「早くしてよ。私はシーフードときのこのアヒージョにしたからね。あとはお肉を食べたいから、グリルケバブで。それと赤ワインね」  しおんは食べたいものを手早く選ぶと、スマートフォンを取り出し、鼻歌を歌いながら操作し始めた。栄太朗も早く決めたいが、露わになった肌が目に入ると、どうしても集中力がそがれてしまう。そこで、わざとしおんから視線を逸らし、しおんの肌が目に入らない所でメニュー表に目を通した。 「そんなに視線をそらさなくてもいいじゃん。あ、ひょっとして私のキャミソールが気になっちゃった?」 「ま、まあ。そうですね……」 「じゃあ、背中向けるから、その間に決めてよね」  しおんは気を利かせて自ら背中を向けてくれたが、今度は紐がクロスし大きく露出した背中が気になって仕方が無かった。 「だめなの?」 「だめ……みたい。背中が大きく開いてるから、そっちに目が行っちゃって」 「アハハハ、しょうがないなあ。じゃあ、トイレ行ってくるかな」  しおんはバッグを握りしめ、そそくさとトイレに行ってしまった。栄太朗はキャミソールや露出した肌が気になってしまう自分の悪い癖を恥じ、申し訳ない気分でいっぱいになった。  その後二人は、運ばれてきた料理を食べながら色々なことを話した。互いの生い立ち、家族、好きなミュージシャンなど、時が過ぎるのを忘れてしまうほど話し込んでいた。最近は妻の紀子ともこんなにも長い時間、話をしたことはなかった。 「さ、行こうか。もう遅い時間だもんね。奥さんに怒られちゃうでしょ?」 「うん」  二人は席を立ち、勘定をすませると、続々と人が押し寄せる新宿の雑踏へと歩きだした。今日も夜になっても気温が下がらず、キャミソール姿で肌を露出して歩く若い女性と多くすれ違った。以前ならばその姿を見るたびに目で追っていたが、今日は不思議と気にならなかった。しおんのキャミソール姿の方が、すれ違う女性達よりずっとセクシーだと感じていたからかもしれない。 「しおんさん、俺……」 「なあに?」 「帰りたくないかも」 「どうして? 奥さんに内緒でここに来たんでしょ」 「そうだけど……しおんさんと別れるのが辛くて、寂しくて」  しおんは心配そうな顔で栄太朗を見ていたが、しばらくすると栄太朗の手を握りしめ、栄太朗の体を自分の方へと手繰り寄せた。栄太朗は驚いたが、気が付くと、栄太朗の体は肌が露わになったしおんの体に触れていた。 「どう、感じる? ドキドキしちゃう?」 「うん……」  触れあう体と体、伝わる体温、顔にかかる吐息。そのすべてが栄太朗の気持ちを高ぶらせた。 「嬉しい……」 「ホント?」 「こんなこと、奥さんもしてくれなかったから」 「そうなんだ。奥さん、本当に栄太朗さんの気持ちを理解してるのかしら? 栄太朗さん、すっごく嬉しそうなのに」  しおんはそう言うと、手を伸ばし、栄太朗の手を露わになった背中に導いた。 「いいよ、触って。暑くてちょっと汗ばんでるけど」 「でも、嬉しいよ。こんな感覚、初めてだよ……しおんさんの背中、やわらかくて、温かいよ」 「嬉しい。背中、私のチャームポイントだから。褒められるとすごく嬉しい」  そう言うと、しおんは栄太朗の頬にそっと口づけした。 「え?」  栄太朗は突然の口づけに、しばらく呆然としていた。 「さ、今日はこれでおしまい。気を付けて帰ってね」  しおんは栄太朗の手を身体から離すと、片手を振ってそのまま遠くへと駆け出し、姿を消してしまった。栄太朗の手にはしおんの身体のぬくもりが、そして頬には、しおんの唇のグロスの跡がほんのりと残っていた。
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