第6話 きっと似合うはずだよ

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第6話 きっと似合うはずだよ

今日は曇り空が広がっていたものの、蒸し暑く、少し歩いただけでも汗が流れ落ちてきた。仕事帰りの栄太朗は、しおんとの待ち合わせ場所であるJR上野駅に到着した。上野は昔、妻の紀子と花見デートをしたり、息子を連れて動物園に来た思い出があったが、それ以外はなかなか足が向かなかった。 人が次々と通り過ぎる南口で待つ栄太朗の目の前に、サングラスをかけたちょっと怪しげな女性が近づいてきた。女性は黒地に色とりどりの花をあしらったアロハシャツを胸の前でしばってお腹とヘソを出し、デニムのホットパンツを穿いて、健康的な脚を惜しげもなく露出していた。 「ごめん、遅れちゃった。だいぶ待ってた?」 「え?」 「あれ? 気づかないの? 私だよ」 女性はサングラスを取ると、大きな瞳を輝かせながら微笑んだ。 「さ、行きましょ。行きたいところがあるんだ」 しおんは長い髪を振り乱すと、まるで栄太朗を先導するかのようにどんどん先を歩いていった。栄太朗は今のリアクションでしおんを怒らせてしまったのかと焦り、しおんに必死についていくと、しおんの背後で「ごめんな」と言いながら何度も頭を下げた。しかししおんは何も言わないまま、人がごった返す「アメ横」と呼ばれる細い路地へと入り込んでいった。ここは食品はもちろん、靴や洋服も安い店が軒を連ねていた。 やがてしおんは、軒先にTシャツやアロハシャツが多く吊り下がっている店を見つけると、「こっちこっち」と言いながら栄太朗を手招きした。 店内にはハードロックが流れ、ひずんだ音を出しながら唸るギターの音とけだるいボーカルが響き渡る中、奥から店員が出てきてしおんに声をかけた。 「おっ、しおんちゃん、久し振りだね。どうしたの今日は?」 「あの人に似合う服を選ぼうと思って」 しおんは栄太朗を指さすと、その後二言三言、店員と話し合っていた。 その後しおんは店員から何着かの服を受け取り、口の周りに手を置いて「栄太朗さん!」と大声で叫んだ。 「これ、試着してみて」 「こ、これって……」 「いいから、試着してみてよ」 栄太朗は仰天した様子で服を手に試着室へ入っていった。 「しおんちゃん、ずいぶんエグいの選んだね。あれは町で着るにはちょっと辛いかもしれないよ。海とかで着るならばちょうどいいんだけど……」 「うん。でも、彼なら似合うと思ってね……」 店員としおんは腕組みしながらひそひそと話し合っていたが、やがて試着室から、タンクトップにショートパンツ姿の栄太朗が姿を見せた。 タンクトップは背中の部分が大きく「Y」の字にえぐれ、背中が腰の近くまで露出していた。胸の部分も露出が大きく、大きく開いた両脇から乳首が少しだけはみ出していた。タンクトップとお揃いの色合いのショートパンツは、植物柄入りのサーファーパンツみたいなデザインで、太ももが半分近くまで露出していた。 「は、恥ずかしい……これを着るのは、俺のルックスと年齢じゃ厳しいよ」 「何照れてるの? すごく似合ってるよ。ねえ、カズヤさん。私が言った通りかっこいいでしょ?」 すると、カズヤと言われた店員は何度も大きく頷いていた。 「そのパンツは水着と普段着両用ですから、そのまま海にも入れますよ」 「そ、そうなんですか」 栄太朗は試着したタンクトップとショートパンツを持ってレジに向かうと、レジに立つ店員のカズヤに、そっと耳打ちした。 「あのー……これ、本当に俺が着ても大丈夫なんですか? これって若いサーファーのお兄ちゃんとかが着るやつでしょ?」 「確かにサーファー向けですけど、アメリカではお年を召した方もわりとこういう服を着ていますよ。とても似合ってましたから、自信をもってお召しになってくださいね」 そう言うとカズヤは口元をほころばせ、親指を立てて「Good Luck!」と言いながら、服の入った紙袋を手渡した。 「ねえ、そろそろご飯食べに行かない? この近くに美味しい洋食屋さんがあるんだよ。私、昔良く通っていたんだ」 しおんは栄太朗の手を引き、人がひしめくアメ横の中を颯爽と歩きだした。アメ横には物販店だけではなく、色々なジャンルの飲食店も所狭しとひしめいていた。やがてしおんは、年季の入った小さな雑居ビルの階段を昇りだした。ミシミシと音を立てて階段を昇りつめると、見た目にも重そうな木製のドアがあった。しおんはドアをゆっくりと開けると、ギギギィと今にも外れてしまいそうな摩擦音が響き渡った。 「あら、しおんちゃんじゃない?」 白髪の丸眼鏡をかけた女性が二人を出迎えた。 「こんばんは、ウメさん。久しぶりに来ちゃった」 「心配してたんだよ。吉原の仕事辞めて看護師になった後、全然顔出さなくなったからさ」 「アハハ、ごめんね。しばらく顔を出さなくて」 「たまにはここに来てよね。あ、そうそう。そちらさんはどなたかしら?」 女性は僕を見て、甲高い声で尋ねてきた。 「ぼ、僕は、その……」 「ボーイフレンドです。ずっと年上だけど、可愛い人なんだよ。私のキャミソール姿が好きなんだって」 「キャ、キャミソール? そうなのね、アハハハハ」 しおんは栄太朗を遮りながらそう言うと、女性は口元を押さえて大笑いしていた。栄太朗は苦笑いしつつも、いたたまれない様子で、空いていた奥のテーブルに向かった。 「だ、ダメだろ。俺、単なる変態みたいじゃないか」 「でも、好きなんでしょ? ほら」 しおんは羽織っていたアロハシャツの結び目をほどくと、黒のベアトップが顔を出した。肩や背中、そしてお腹が露わになり、胸の谷間もくっきりと見えていた。 「ほら、栄太朗さんのお顔、真っ赤だよ。写メ撮っちゃお」 しおんは笑いながらスマートフォンを向け、横を向いて顔を赤らめる栄太朗を次々と撮影していった。 「いくら否定しても好きなんだからさ。ほら、センサーも反応しちゃってるよ?」 しおんは笑いながら、栄太朗のズボンを指さした。わずかながら、股間がこんもりと膨れ上がっているのを、しおんはしっかりと見抜いていた。 「……見たなあ!」 「ヘヘヘ。栄太朗センサーはすごく敏感だもん、簡単に見抜けるわよ。そのまま触っちゃおうかな。それとも……舐めてあげようかな」 「ま、マジ? ここでそれはちょっと……」 しおんの誘惑を受けるうちに、栄太朗の股間はだんだん大きく膨らんでいった。 「あ、メニュー表来たよ。ほら、早く選ばないと。私、お腹ペコペコなんだから」 しおんからメニュー表を渡されると、栄太朗はほっと一息ついた。あのまましおんの誘惑を受けていたら、どうなっていたことやら。やがて伝票を持ったウメさんがテーブルへとやってきた。 「ウメさん。私、ロールキャベツ。あと生ビールもね」 「じゃ、じゃあ僕は、メンチカツ……それと、ビールを」 注文が終わると、ウメさんは栄太朗の顔を見て再び笑い出した。キャミソール好きの変態中年と思われているに違いないと、栄太朗はしおんを見ながら恨めしそうな顔をした。 「懐かしいなあ、上野。私、風俗の仕事をしてた時、行き帰りに上野で買い物したり、店の友達と飲み食いしていたんだ。さっきの洋服屋さんも、このお店も当時からのお付き合いなの。さっき羽織っていたアロハも、あのお店で買ったんだよ」 「そうなんだ。だからみんな、しおんちゃんのことを知ってるんだね」 「そう。上野は皆すっごく人懐っこくてさ、風俗の仕事してた私のことも、軽蔑せずにまるで家族みたいに接してくれるの。仕事は辛かったけどこの町は大好きでね、仕事辞めた後も時々遊びに来てるんだ。あ、そうそう、私、トイレに行ってきていいかな。さっきの洋服屋さんにいる時からずーっと我慢してたんだ」 しおんはバッグを片手に、いそいそとトイレへと駆け込んでいった。そして、まるで入れ替わるかのように、ウメさんが栄太朗の元へとやってきた。 「ねえ、。あなた、しおんちゃんのボーイフレンドなの?」 栄太朗がキャミソール好きだという話がよほど受けたのか、ウメさんは栄太朗のことを愛着を込めて「キャミソールさん」と呼んだ。 「ま、まあ。ボーイフレンド……です」 「そうなんだ。でも、それ以上ではないよね」 「どういう、意味ですか……?」 「だってしおんちゃんには、長いことお付き合いしてる人がいるからね」 「はあ?」 栄太朗はウメさんの言葉を聞き、思わず問い返してしまった。 「疑うんだったら、写真、みせてあげるよ」 ウメさんは不敵な笑みを浮かべながら、ポケットから何かを取り出そうとしていた。にわかに信じがたいが、ウメさんは相当な自信がある様子だった。
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