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第8話 太陽と海と二人だけの秘密
燃え盛るような太陽が照り付ける日。
栄太朗はレンタカーを借り、しおんと待ち合わせする約束の地下鉄清澄白河駅へと向かった。上野でしおんが選んでくれたタンクトップとショートパンツを着込み、身バレしないように深々と野球帽をかぶっていた。家族にしおんとのデートがばれるのはまずいので、家族に内緒で会社の有給休暇を使い、車も自分のものではなくレンタカーを借りて出かけることにした。
地下鉄清澄白河駅の出入口のサインを見つけると、すぐ隣で手を振る麦藁帽子をかぶった女性の姿があった。栄太朗は車を道路に横付けし、車のドアをそっと開けた。
そこには、笑顔で手を振るしおんがいた。しおんを見た瞬間、栄太朗は目を丸くし、思わず片手で股間を押さえた。
今日のしおんは、細い紐を首の後ろと腰の辺りで結び、背中とお腹が全開になったホルターネックのキャミソールと、ひらひらと揺らめくデザインのデニムのミニスカートという、ちょっと見ただけでも股間が刺激されてしまう服装をしていた。スカートの丈が下着すれすれ位とあまりにも短いせいか、しおんが脚を動かすたびに黒っぽい下着らしきものがはっきりと目に入った。
「わあ、栄太朗さん、約束通りタンクトップで来たんだね。カッコいい、すごく似合ってるよ」
しおんは車に乗るなり、栄太朗の肌を何度も片手で撫でていた。栄太朗は果たして中年で色白な自分がこんな若々しいデザインの服を着て良いものなのか、どこか違和感を感じていた。それでもしおんは栄太朗のタンクトップ姿をカッコイイと言ってくれたので、ちょっとだけ嬉しくもあった。
「栄太朗さん」
「どうしたの?」
「横から乳首がちょっと見えてるよ」
「え? え? マジで?」
「でも、それがカッコイイのよ。私、ガッツリ肌を見せるタイプのタンクトップが好きなんだ」
「そうか……アハハハ。ちなみに今日のしおんさんだって、パンツ見えてるだろ?」
「残念でした。これ、ビキニのパンツなの。海に行ってから着替えるのめんどくさいんだもん。ちなみにキャミソールの下にブラも着てきたんだよ」
しおんはキャミソールの紐を引っ張ると、その下から黒い紐がちらりと見えた。
「なんだ、焦らすなよ。本物だと思っただろ?」
「本物……見てみたいの?」
「え?」
「フフフ、それは後のお楽しみってことで」
しおんは、意味深なことを言って笑いだした。肩や背中、そして太ももを惜しげもなく露出したしおんが隣に座ると、栄太朗は緊張のあまり運転に集中できなくなった。ふとした瞬間に露出した肌が目に入ると、興奮のあまり目の前の状況が目に入らなくなった。
「あぶないっ、前にバイクが!」
「あ、ヤバッ」
栄太朗は目の前に入り込んで来たバイクに気づくのが遅れ、速度を落とさないまま追突寸前の所まできていた。しおんが栄太朗に覆いかぶさるような姿勢でハンドルを掴み、右に動かした。バイクは辛うじて衝突を回避したが、覆いかぶさった際にしおんの素肌が自分の素肌に触れ、栄太朗の心臓は高鳴りだした。
「今は運転集中! 私のことは、到着したら嫌というほどじっくり見ていいからね」
「ごめん……」
しおんは指を車窓に向けると、栄太朗はようやく正気に戻った。しおんがそんな服装で来なければもっと運転に集中できたのだが、そのことは言い出せなかった。
車は第三京浜と横浜横須賀道路を経て三浦半島を南下し、やがて目の前に三浦海岸が姿を見せた。透きとおるような美しい海を見て、二人の気持ちは次第に高ぶっていった。
「すごい、早く泳ぎたい」
しおんは子どものようにはしゃぎながら、窓越しに広がる海をずっと見つめていた。
「泳げるの? しおんさん」
「ダイビングとかスノーケリングとか好きなの。休みになると沖縄とか時々行ってたからね」
「いいなあ。俺はそういうのは全然……そもそも泳ぐの下手だからね」
「大丈夫よ。今日は海を一緒に楽しみましょ」
栄太朗は車を停めると、しおんは一目散に海へと走り出した。短いスカートがゆらめくたびに、下に履いた黒いビキニパンツが見え隠れしていた。
「ここに来て、栄太朗さん」
しおんは海の家からビーチパラソルを借りて、砂の上にそっと立てかけた。パラソルの中に入ると、栄太朗はタンクトップを脱ぎ捨て、水着兼用であるショートパンツだけの姿になった。しおんは着ていたキャミソールとミニスカートをゆっくりと外すと、黒のビキニの上下が姿を現した。
パンツから伸びる肉感のある長い脚、下乳がはみ出してしまうほど小さめのブラ……栄太朗はビキニ姿のしおんを目にして、まるで夢をみているかのような気分になった。
「さ、一緒に行こうよ」
しおんは栄太朗の手をそっと握った。栄太朗は突然手を握られて驚いたが、しおんは気にすることも無く栄太朗の手を引き、目の前に広がる砂浜へと駆け出していった。真上にはどこまでも広がる真っ青な空、そして燦々と輝く太陽。しおんは波の中に入ると両手を広げて水を栄太朗に振りかけた。栄太朗も両手で水を救い上げると、しおんの身体に投げかけた。
「冷たい、でも、すっごく気持ちいい」
しおんはそう言うと、水の中に潜り込み、そのままどこまでも潜水していった。
「お、おい! 危ないぞ、そっち行くと遊泳禁止区域じゃないか?」
しおんがだんだん沖へと遠ざかっていくように見えた栄太朗は、あわてふためいて水の中に入り、そのまま必死に手足を動かして泳ぎ始めた。
「だめよ、そこまで行くと足がつかなくなるから」
しおんの声がかすかに耳に入った。栄太朗は気が付くと大分沖の方まで来てしまっていた。潮の流れも波打ち際よりも速く、このままでは栄太朗自身も危険に晒されてしまう。栄太朗は流れに抗いながら必死に岸へと戻ろうとしたが、なかなか先に進まず、次第に息継ぎがきつくなってきた。
「栄太朗さん! 大丈夫?」
しおんが水面から顔を出すと、全速力で水を掻き分けて栄太朗の元へとたどり着き、沈みかかっていた身体を両腕で包み込んでいた。
「ちょっと……これ以上泳ぐのは、きついかも」
「じゃあ、私につかまって」
しおんは栄太朗の手を掴むと、泳ぎながらその手をぐんぐん前へ引っ張っていった。やがて二人の視界には、波打ち際と白い砂浜が広がってきた。
「助かった……ありがとう、しおんさん」
「あんな遠くまで一人で来ちゃダメだよ。泳げないんでしょ?」
「だ、だけどさ。しおんさんが遠くまで行くのを黙って見てられなくて」
するとしおんはクスクスと耳元で笑い、顔を栄太朗の顔に押し当てた。
「心配してくれたんだね。ありがと」
二人は岸にたどり着くと、栄太朗は身体をふらつかせながらパラソルの下にたどり着き、その場で寝転んでしまった。しおんは疲れて横になる栄太朗の横顔を見ながら微笑むと、降り注ぐ太陽の光に背中を向け、栄太朗と並んで川の字になって眠りに就いた。
太陽が徐々に西に傾き始めた頃、シャワーを浴びて着替えを終えた栄太朗は、ショートパンツだけ着替えて、素肌の上にタンクトップを羽織った。栄太朗は大きく肌が露出してしまうデザインがどうしても好きになれなかったけれど、やわらかく包む混むような生地と、日に焼けた素肌を大胆に見せてくれるこのタンクトップにいつの間にか愛着が湧いていた。そして、海の家で着替えを終えたしおんが手を振りながら栄太朗の前に姿を見せた。こんがりと焼けた素肌の上に、今朝着てきたホルターネックのキャミソールとデニムのミニスカートを着込み、濡れた髪をアップにしてきれいなうなじを見せていた。
「どう? 今度は下に水着着ていないから、さっきよりもっとドキドキしちゃうかも?」
笑いながらその場で一回転したしおんのスカートの下から、白く小さな下着が見えた。
「Tバック?」
「そう。セクシーでしょ? お尻が綺麗に見えるから、ミニを穿くときはTバックを選んでるの」
スカートがあまりにも短すぎるせいか、歩くたびに丸みのあるヒップと白いTバックが見え隠れしていた。キャミソールからは、日に焼けた綺麗な背中がほぼ全部露わになっていた。トップもボトムも露出度の高いしおんの服装に、栄太朗は思わず赤面してしまった。
「行きましょ、栄太朗さん」
しおんは栄太朗の腕を掴むと、そっと自分の腕を絡めた。
「お、おい。いきなり何するんだよ」
「今日だけでもいい、栄太朗さんの彼女になりたい」
「……今日だけなら、いいけど」
「やった。私、こんなにタンクトップの似合うカッコいいおじさんの彼女になれて、すごく嬉しい」
「そんなに?」
「うん。多分、栄太朗さんがキャミソールの似合う女の人が好きなのと同じように、私はタンクトップの似合う男の人が好きなのかも」
しおんは栄太朗に肌を寄せ、顔を肩のあたりにそっと押し当てた。コロンの香りが漂い、柔らかい髪の毛がタンクトップから露出した肌を優しく覆い尽くした。思い返せば、妻の紀子と付き合っていた時も、夜の営み以外では、手を繋ぐことはあってもここまで密着していた記憶がなかった。しおんは紀子以上に栄太朗に心を開き、身も心も預けているように感じた。
気が付けば空には真っ赤な夕焼けが広がり、海辺を歩く人の数もまばらになっていた。二人は歩調を合わせながらゆっくりと砂浜の上を歩いた。防波堤にたどり着くと、しおんはその上に腰掛け、栄太朗もその隣に座った。
「綺麗な夕陽だね」
「うん。でも何だか寂しくなっちゃう。ずっと楽しみにしていたデートがもうすぐ終わるなんて」
「そうだね。またいずれ、機会が合えば行こうよ」
そう言うと、栄太朗は防波堤の上から立ち上がろうとした。
「やだ、行かないで」
「え?」
「私、このまま栄太朗さんと一緒にいたい」
「……」
「だって……好きだから」
「!?」
栄太朗は、しおんから唐突に投げかけられた言葉を聞き、金縛りにかけられたかのようにその場から動けなくなった。
「だ、だって……君には淳史って男がいるんだろ?」
「違う。今の私が大好きなのは、栄太朗さんだから」
栄太朗はしおんの身体にそっと手を回した。するとしおんは栄太朗に体を預けるかのように付着させ、栄太朗の顔を上目遣いで見つめて微笑むと、そっと唇を重ねた。
「ねえ栄太朗さん」
「なんだい」
「一緒になりたい」
「……!」
栄太朗はしおんの言葉に戸惑っていた。しかし、しおんは迷いがない様子で栄太朗を真っすぐ見つめていた。
二人の背後では、真っ赤に輝く夕陽が、さっきまで一緒に戯れていた真っ青な海を徐々に赤く染めはじめていた。
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