ラムネ

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 茹るような暑さの中、俺は君と駄菓子屋に入った。 普通の小さな駄菓子屋。でも、高校生だった俺にとっては学校よりもだいじな場所だった。 君とふたりになれるから。  「ファー!扇風機涼しい!てか外暑すぎだろ!こんな中外練とか原島正気じゃねえ!」 「先生を呼び捨てにしたら駄目だよ。」 「お前は硬いなぁー」 こんな日差しの中、8月下旬なのに白い肌のままの君。首もとは日焼けで少し赤くなっているけど。 「まぁ、これでも学級委員だから」 ちょっと誇らしそうに言う君が愛おしい。  「あ!ラムネ最後の2本!」 目をキラキラさせて、君がケースの中からラムネを取り出している。 「ほら、キミの分も。飲むでしょ?」 「お、さんきゅ」 「別に奢らないからね?」 「えーなんだよけち」 「そんなこと言うなら2本とも僕が買って、僕が飲んじゃうぞ!」 そう言って君はいたずらっぽく笑った。 手渡されたラムネが自分の体温でぬるくなってしまうのではないかと思うほど、俺の手は指先まで熱かった。 俺は、真面目で、綺麗で、可愛い君のことが好きだったのだ。    「んっ、はーーー!生き返る!」 「おばちゃん計算ミスりすぎだよな」 「電卓目の前にあるのに、いつも使わないよね。」 「んでもって間違える」 「んふふ、おばちゃん可愛いね」 そうやって、君は伏目がちに笑うのだ。 同級生のどんなやつより落ち着いていて、でも、少年のようなあどけなさのある君。 そんな不思議な雰囲気を纏う君に、思わず見惚れてしまう。 「大丈夫?さっきからぼーっとしてるみたいだけど、もしかして熱中症とかじゃないよね?」 「そんなんじゃないよ、」 ただ君に見惚れていたんだよ、なんて言えるはずもなくて、否定だけを口にして、俺は黙った。 口の中で弾ける泡が痛い。 痛いけど、甘いのである。  「ビー玉、持って帰りたいなぁ」 いつもは大人ぶってるくせに、こういうところは子供っぽいんだ。 「いいじゃん」 それも含めて君だから。 「なんか、いつもこの口のところがうまくまわんなくてさ」 力んで、ちょっと苦しそうな顔の君にちょっと興奮しちゃったりする。 だって男の子だもん。 「貸してみー、開けてしんぜよう」 ちょっと捻ると開いてしまった。力無さすぎか。 「わ!あいた!え、僕ってもしかして非力?」 「かもな!」 「そこは嘘でも否定してよ!」 こんな時間が続けばいいのに。 でも、夏休みはもうすぐ終わってしまう。 本当は、ずっと君といたいな。 まぁ、そんなのは… 「あ、とれた」 そうこうしているうちに、ビー玉は手のひらに転がってきた。 「ほいよ」 「ありがとう!」 こうやって簡単に、この心につかえる感情も取り去ってしまえれば楽なのに。 だけど、ビー玉を夕焼けに透かしている君を見たら、なんだかそんなことは、もうどうでも良くなってしまう。 「綺麗」 今は、隣にいるだけで。 なんて女々しいことを考えていた日もあったな、と思い出しながら、ラムネの瓶を2本、カゴに入れる。久しぶりに飲むな。 ベランダに出て、これを片手に今日は2人で花火を見ようか。
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