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第8話
「うん。分かってるよ。大学で教わることと、企業の実務は違うからね。君が打ち明けてくれたからこっちも手の内を明かすと、健司がどの程度の力量を発揮できそうか見てみたいから頼んでる面もある」
……つまり現時点では戦力として当てにされてないってことか。若干屈辱ではあったが、今日の今日だし、大学の先輩だからこそ、学生にできることの限界は分かっているだろう。俺は唇を噛んだ。
「お忙しいと思うんですけど、質問して良いですか」
足手まといになりかねない自分の立場を自覚しつつ、俺が遠慮がちに頼むと、ディックは目を丸くして、身を乗り出した。
「質問? もちろんだよ。何?」
「この五機能をなるべく早くリリースするって上層部と約束したのは勇樹ですよね。工数見積もりはいつ出せるのかっていう命令に対して、なんで彼らはディックに文句を言うんですか? 勇樹に直接ではなく」
「ああ……。そういうことか」
困ったように微笑み、できの悪い生徒に教え諭すかのように彼はゆっくり説明してくれた。
「彼らも、本当は分かってるんだよ。勇樹が正しいって。チームを守りつつ会社の利益にもダメージ出さないように最大限調整してくれてる。彼は立派なボスだ。不満なんて誰も言えないよ。だけどジャックたちだって毎日必死だから、難題を押し込まれたら、ちょっとは文句を言いたい。そういう時、僕みたいな遊軍は便利なんだよ」
「でも、それじゃディックは言われ損っていうか……。腹、立たないんですか?」
「立たないよ。勇樹も、三人のジャックも、僕が間に入ることでチームがうまく回ってることを理解して感謝してくれているから」
ディックは、穏やかな表情を全く崩さない。さっき三人に詰められても平然としていたのは、信頼関係に揺るぎない自信があったからなのか……。オタクっぽいなどと、服装や髪形だけで彼のことをちょっと軽んじた自分を俺は恥じた。
「僕を心配してくれたの? 健司は優しいね」
子どもを褒めるようににこにこされ、バツが悪くなって俺はかぶりを振り、敢えてビジネスライクに話を進める。
「あと二つ質問があります。今回、調べなきゃいけないのは五機能ですよね。一機能は俺が担当することになりましたけど、残り四つはどうするんですか?」
「僕がやる。それで、次の質問は?」
彼は事も無げに言い切った。俺は唇を噛みしめながら最後の質問を絞り出した。
「……このスピード感に対応できないと、シリコンバレーでは働けないってことですね?」
「素晴らしい質問だね。答えはイエスだ。大学時代も課題やテストが大変だったと思うけど、社会人はその二倍から三倍のスピードが求められると思っておけば間違いない。質よりもまずはスピードだね。だんだん慣れてくるから心配いらないよ」
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