第10話

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第10話

「もちろん勇樹とも良い友達だけど、彼と一緒に仕事をする前から彼のパートナー……訓志と友達だったんだ」  そういうことか。家族ぐるみの親しい友人だと分かれば、息の合った二人の様子も合点が行った。 「ご存じの通り、俺、就職活動中なので、もし良かったら聞かせてください。ディックは、なんであの会社に入らないんですか? 勇樹は正社員になって欲しがってるって」 「今は特定の会社に縛られたくないんだ。これまで何社かのベンチャーで働いたよ。ゴールドラッシュを目指す採掘者のようにね。この辺で働く若いエンジニアなら誰もが一度は掛かる熱病だ。楽しいこともたくさんあったよ。でもある時ふと思ったんだ。『疲れたなあ』って。  燃え尽き症候群(バーンアウト)だったのかも知れない。それでベンチャーで働くのはひとまずやめた。過去の同僚を辿ればコネには困らない。期間限定のプロジェクトとか、仕事は幾らでもある。今はフリーランスで、その時の気分で仕事を選べる立場が気に入ってるんだ」  淡々とした表情と口調はオフィスにいた時と全く変わらないが、話の内容はそこそこ壮絶だ。彼が言うように、シリコンバレーを目指す若きエンジニアはみんな自信満々で、程度の差こそあれ、世界を変えてやるという野望を抱いているだろう。だが、ごく少数の大成功の陰には無数の失敗がある。考えてみれば当たり前の話だが、誰もそんな話をしてくれる人はいなかった。  俺の就職先選びの選択肢には、ベンチャーは入っていなかった。外国人がアメリカで働くには労働ビザが必要だ。ビザをサポートしてくれる財力・余力がある大企業じゃないと厳しいと思っていたからだ。それに、留学するためにこさえた借金を返さなければいけないから、一定水準以上の給料を確実に貰いたい。奨学金や親からの援助だけじゃ足りなかったのだ。  黙り込んだ俺の考えを読んだかのように、ディックが優しく宥めるように話し掛けてくる。 「シリコンバレーで働く、イコールベンチャー企業、っていうのは一面的な見方だと僕は思う。特に外国人エンジニアにとってはビザは重要な問題だし、歳を重ねれば養わなければいけない家族もできたりする。自分のワークワイフバランスを考えて、働き方を変える人もたくさんいるからね。どれが正しいなんてことはない。現に、僕の同級生だった日本人は、みんな日本の一流企業に就職して帰国したよ」 「……俺、日本に帰りたくないんです」  シリコンバレーで働きたいというのは、夢であり希望であると同時に、日本から逃れたいという切実な願望でもある。思い詰めた俺の言い方に何か感じるところがあったのか、ディックはそれ以上何も言わなかった。  ちょっと真面目な話をしているうちに勇樹のお宅に着いた。高級住宅街の中にある立派な戸建てだ。ディックが玄関のチャイムを鳴らすと、すらっとした身体つきで目鼻立ちが華やかな男性が笑顔で出迎えてくれた。 「いらっしゃい健司。訓志です。ディックも久しぶり!」 「……あ、は、初めまして」
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