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第12話
「でも、ここから車で三十分は掛かるでしょ? ディックに申し訳ないです。一番近い駅でいいですよ」
「遠慮しないで。シリコンバレーは比較的治安が良いけど、夜の屋外の駅になんて置いて行けないよ。この話が出た時から、そうするつもりだったし」
「……すみません。じゃあ、お言葉に甘えさせてください」
ディックは安心したように微笑んで短く俺に視線を向け、車を走らせ始める。
「あの二人が同性カップルだって事前にきちんと説明しなくてごめん。でも『勇樹のパートナーの彼』って言った時、健司すごい顔してたからさ(笑) ああ察したなって分かったよ。君、素直だなあ。思ってることが大体顔に出るね」
彼は思い出し笑いで身体を震わせている。でも、馬鹿にされている感じが全くしなかったから、俺もつい素直に自分の弱みを打ち明けていた。
「考えてることがすぐ顔に出ちゃうのは、敵も作るから、もうちょっと何とかしたいんですけどね……。勇樹、結婚指輪してましたよね? 家族として紹介したいって思ってくださったんだろうなって」
「さすがだな。ここの土地柄をよく分かってる」
ぼうっと窓の外を眺める。この辺りは夜遊びするような人種が住む場所じゃない。高級住宅街だから街灯も暗めだ。あと俺はどれくらい頑張れば、満足行く生活ができるんだろう。そもそも、そんな日が来るのだろうか。物思いに耽っていると、ディックが気遣わしげにおずおずと声を掛けてきた。
「健司。大丈夫?」
「大丈夫って、何がです?」
「いや……。ディナーの間も今も、ちょっと沈んでるように見えたから」
「……ディックの観察眼は、すごいですね」
そこで誤魔化すという選択肢もあったはずなのに、静かな月明かりとディックの優しさに、俺はつい素直に真情を吐露していた。
「相手によっては気を悪くするから、すぐ口に出すのはやめとけって、訓志には注意されるんだけどね。何か仕事や人間関係で心配でもあった?」
「いえ、そんな! 素晴らしい方ばかりです。あんなすごい会社でインターンできるのも、冬馬のお蔭ですし」
インターンとして頼りない印象を持たれたくない。俺はすぐさま否定した。
「一緒に働く仲間として、健司の能力や人柄に問題があるとは全く思わなかったよ。……余計なお世話なら無視してもらって構わないけど、何か別のことがわだかまりになってる?」
ディックの声には、好奇心や侮蔑といった否定的な感情は含まれていない。純粋に俺を心配してくれているように感じた。それに、彼は直接の上司じゃない。
黙り込んでいる俺を気遣うようなディックの視線を感じる。俺は勢いよく顔を上げ、ド直球で尋ねた。
「ディック。俺、ゲイなんです。彼氏が欲しいんですけど、この辺ではどうやってボーイミーツボーイするんですか?」
俺の唐突なカムアウトと直球すぎる質問に、ディックは絶句した。
「あ、驚かせてごめんなさい。でも、勇樹や訓志と自然に接していたあなたなら、俺がゲイだって言っても変な顔しないだろうし、こっちの生活が長いから、詳しいかなと思って」
ちょうど車はサンフランシスコ空港に着いた。
「……その話は明日にしようか。おやすみ、健司。気を付けて帰ってね」
『君の相談やカムアウトには真摯に向き合うよ』と言わんばかりに真面目な表情で、ディックは俺に約束してくれたが、驚きと困惑を隠し切れない様子でもあった。……そりゃそうだよな。今日初めて会った後輩インターンから、何の前振りもなく突然カムアウトされたら俺だって驚く。自分の向こう見ずさを俺は反省した。
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【羽多より】
ようやく話が転がり始めたところで恐縮ですが、試し読み版の連載は、明日の更新分が最後になります。ご興味を持っていただけましたら続きは同人誌にてお読みくださいませ。
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