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第13話
帰りの電車に揺られながら、ほろ苦い初恋を思い出した。
実家同士が近所だった幼馴染の匠兄は、俺を弟のように可愛がってくれた。彼は立派なコンピューターを持っていて、俺にコンピューターの使い方や簡単なプログラミングまで教えてくれた。思春期の難しい年ごろだし、コンピューターは彼の宝物だろうに、小学校に上がるかどうかという子どもの俺に触らせることを嫌がらないなんて、今思うとすごい。六歳という歳の差も良かったのかもしれない。
「ねえ、みてみて、たくみおにいちゃん! うごいたよ‼」
簡単なゲームを完成させて喜ぶ俺の頭を撫で、彼は褒めてくれた。
「健司は呑み込みが早いなあ」
「ぼく、おおきくなったらプログラマーになる‼ おにいちゃんは? しゃちょう? もしそうなら、ぼく、おにいちゃんのかいしゃではたらいてあげる」
膝に抱っこしてもらって小さな手でキーボードやマウスを操り、将来は彼と一緒に働くことを夢見た。
彼への気持ちが恋心だと気づいたのは中学校に上がった頃だった。大学生になり、友達のアパートで会社を始めた彼は滅多に実家に帰って来なくなったが、顔を合わせれば子どもの頃と変わらずに可愛がってくれる。
「おう、健司。プログラミングまだやってるのか?」
「もちろん。インターネットで海外のエンジニアが公開してるソースコード読んで勉強してる。自分で書いたのも最近ちょっと公開し始めたんだぜ」
俺が自慢したようなレベルのことは、既に起業している彼にとってみれば子どものお遊びだったろうが、決して俺を馬鹿にはしなかった。
「そうか、頑張って勉強してるんだなあ。学校の勉強も頑張れよ。絶対役に立つから。それにしてもお前、子どもの頃と顔が変わらない。いつまでも可愛いなあ」
目を細めて優しい笑顔で見つめられ、冗談めかして抱き寄せられ、ポンポンと頭を撫でられると頬が熱くなる。心臓もドキドキする。
「ちょ、匠兄! もー、子ども扱いやめろよな」
やめてと言っても口だけで、彼の手を振り解くことなんてできない。だって、もっと抱き締めてて欲しいから。
「光聖学園で『姫』扱いされてない? 俺がいた頃の『姫』より、絶対健司のほうが可愛いもん」
匠兄の後を追いかけ、県内トップクラスの私立男子校に俺も入った。男子校では、中性的な顔立ちで小柄な俺は、同級生や上級生のマスコット、『姫』扱いで可愛がられた。男から膝に抱きあげられたりするのも全く嫌じゃなかったから、何となく自分は男が好きなのかもしれないと気づき始めていた。
「まあ、『姫ポジ』やってるけど?」
「やっぱりか! 健司は可愛いもんなあ」
自慢半分、嫉妬して欲しい気持ち半分で俺は不貞腐れたように口にする。匠兄は、自慢の弟……いや妹か? が褒められたかのように得意そうにうんうんと腕組みして頷いている。
同級生や上級生にチヤホヤされても、俺にとって匠兄は特別な存在だった。心の中の鍵の掛かる場所にそうっと収めておきたい宝物のように、俺は彼への恋を大切に胸に秘めていた。
それが叩き壊されたのは、中二の時だ。帰宅したら妹の美咲と匠兄がソファに並んで掛け、親密そうに話し込んでいる。俺の姿を認めた二人は慌てて離れる。そして『どうする?』『言ったほうが良いよね?』みたいな相談を目線だけで交わしている。
……マジかよ。俺は奥歯を噛みしめて、平手打ちの衝撃に備えるかのような体勢を取る。微妙に表情をこわばらせている俺に、彼はおずおずと打ち明けた。
「まだご両親にも報告してないんだけど、実は美咲と俺、少し前から付き合ってるんだ。美咲は中学生だから、こうして二人でお茶を飲んだり一緒に買い物に行ったり、健全な関係だ。真剣な気持ちで付き合ってる。健司にも認めてもらえたら嬉しい」
……ずっと俺のこと可愛いって言ってくれてたけど、匠兄にとって本当に可愛かったのは、俺じゃなくて同じ顔の美咲だったんだね。
アカデミー賞助演男優賞ノミネート間違いなしであろう一世一代の演技で、俺は二人をからかうように笑い掛けた。
「じゃ、匠兄は、これから俺のこと『お兄さん』って呼べよな!」
さすがにその夜は枕がべしょべしょになるまで泣いた。こうして俺の初恋は打ち明けることすらなく終わった。
(続きは、同人誌にてお楽しみください!)
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