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第1話
電車を降りたら、俺のインターン先は目の前だ。カリフォルニアの日差しに目を眇め、ビルをしげしげ眺める。サンノゼ空港が目と鼻の先という好立地に、複数ブロックに跨がる広さ。端から端まで歩いたら余裕で十分以上掛かるだろう。さすが日本発祥のグローバル企業のアメリカ本社だ。ここで、俺は今日から半導体設計の仕事をする。
ビルに入り、少し緊張しながらインターン中の上司に電話する。
「もしもし」
「山城 健司です。今、一階に着きました」
「ああ、山城君! 俺の同僚のディックが、君を迎えに行くから。彼は鳶色の髪に青い目で、眼鏡掛けてる。ロビーには君以外に誰かいる?」
「いえ、僕だけです」
「OK。ちょっと待っててね」
電話は俺の返事を待たず切れた。ディックさんという人を待ちながら、改めて自分の見た目をチェックする。
服装はライトブルーのボタンダウンシャツとネイビーのチノパン。定番で間違いのないビジネスカジュアルのコーディネートだ。身体が細いから、スリムタイプでも幅が余り気味だが、日本と比べてフィット感に寛容なアメリカなら、これくらいは許容範囲だろう。服には目立った皺もない。スマホを自撮りモードにして顔や髪も確認する。
大丈夫かな? 有能で感じが良い、雇うべきエンジニアだって思ってもらえるかな?
さらさらのストレートヘアは眉の下で切り揃えられている。東洋人としては色素薄めで、髪は薄茶色。目立たないように黒く染め直すべきかとも思ったけど、オフィスでは、アジア系で金髪に染めたり赤や緑のメッシュを入れている人もいると聞き、そのままにした。肌もかなり色白なほうだ。大きく四角っぽい瞳。細い鼻筋、口は小さいが唇は厚めで紅い。中性的で、やや年齢不詳。典型的なアジアンフェイスじゃないから、アメリカではよくミックスドと間違われる。
この瞬間に、俺とそっくりの年子の妹を思い出したのは、シリコンバレーでの就職をモノにできるかどうか、俺が少し神経質になっているせいだろう。原宿でスカウトされ今や人気読者モデルになった妹と俺は瓜二つ。そのことに密かに引け目を感じているのは、俺がゲイだからだ。俺に「可愛い」と言った男は例外なく次の瞬間、隣にいる妹に目を向ける。俺にシリコンバレーのすごさを教えてくれたあの人ですら……。
思い出し掛けた苦い過去を振り払うように俺はかぶりを振った。今はインターン先での上司との対面に集中しよう。長年憧れ続けたシリコンバレーで就職するために、この会社で自分の能力を発揮しなければ。
気持ちを切り替えて、周りを見渡す。ビル自体も大きいが、ロビーも広い。吹き抜けになっていて明るい雰囲気だ。立派なオフィスだなあ。俺もこんな会社で働けたら……。一瞬夢想していると、エレベーターの扉が開き、上司が形容した通りの白人男性が降りてきた。
「健司?」
「はい。初めまして、山城健司です」
「初めまして。ディックだよ。ディック・グレイ」
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