21人が本棚に入れています
本棚に追加
第2話
緩くウェーブの掛かったふわふわの、というか、もはやもじゃもじゃに近い鳶色の髪は長い間カットしていないように見える。でも、その下の丸眼鏡越しの青い瞳は驚くほど澄んでいた。差し出された大きな手を握ると、ゆっくりと笑みが顔に広がる。太陽のような明るい眩しさというよりは、月のような静けさ。どちらかというとシャイな印象の人だ。
「インターン初日なのに、出迎えが勇樹じゃなくて驚いたでしょ? 今日は、今年一番の仕事の山場でね。ちょっとバタバタしてるんだ」
俺と一緒にエレベーターに乗り三階のボタンを押して、振り返りながら彼は申し訳なさそうに微笑んだ。
「いえ。大きな部門のディレクターで、すごくお忙しい方だって聞いてますので」
「君、冬馬の友達なんだって?」
「……ええ。グレイさん、冬馬をご存じなんですか?」
初対面の彼の口から、俺のルームメイトの名前がいきなり出てきて驚く。確かに冬馬は俺と同じ大学の工学部生だ。でも彼の専攻はハイテクやITではない。
「ああ、僕のことはディックって呼び捨てで良いよ。
冬馬は君のルームメイトなんでしょ? 冬馬のインターン先の上司が雄吾。雄吾と勇樹は学生時代からの友達。君はバーベキューパーティーで雄吾に会い、勇樹を紹介された。そう勇樹から聞いたよ。……ちなみに僕は、勇樹のホームパーティーで雄吾や冬馬に会ったよ。世間が狭くて驚くでしょ。これがシリコンバレーさ」
彼は控え目ながらもお茶目な笑顔で軽く肩を竦めた。……ホームパーティーで広がる人脈って、確かにアメリカっぽいな。
俺は廊下を歩いているディックの後ろ姿を眺める。物静かな印象だから目立たなかったが、かなり背が高い。百七十三センチの俺との差で目測しても、百八十五センチ以上はありそうだ。肩幅もがっちりしている。服のサイズが大きすぎて、体型はよく分からない。
……それに、ランダムな縦縞の濃い色のシャツとダボダボのデニムはこの会社のドレスコード的にアリなのか? これからお世話になるであろう先輩を前に失礼ながら、彼のことを「オタクっぽいな」と思っていた。恋愛的な意味でアリかナシかと言われたら、まあ「ナシ」かな……。
会議室の前に着き振り返って、俺の不躾な視線に気づいたのか、ディックは軽く頬を赤らめた。ドアを開け、俺に先に入るようにと手で促す。
「……だから、その機能は、今回製品を出荷したらすぐにマイナーバージョンアップとして提供する。営業とも主な顧客とも合意済みだ。そういう機能が幾つかあるだろう? バックログの優先順位『最高』から、上位五つピックアップしてくれないか。リストができたら一度俺に送って」
背中を向けて電話している人が俺の上司になる本條さんだ。声で分かった。話が終わるとくるりと振り返って笑顔で手を差し出してきた。
「ようこそ。本條勇樹です。会うのは初めてだね」
「お世話になります、よろしくお願いします」
最初のコメントを投稿しよう!