これが現実だ

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 私はまだ地球温暖化がそんなに問題視されていなかった(と思う)1980年代末に車の免許を取得した。その頃はEVやハイブリッド車はなかったし、SUVやミニバンのような背が高くて乗り降りがし易く荷物が一杯積めてレジャーに向いたオートマ車でなく、背が低く乗り降りがし難く荷物が余り積めなくてレジャーに向かないマニュアル車が主流だった。つまり使い勝手軽視走りの楽しさ重視のスポーツタイプの車が受け入れられていたのだ。  私も少年時代にスーパーカーブームの影響を受けてスポーツタイプの車が好きになり、オートマのスポーツカーは邪道だとしてマニュアルのスポーツタイプの車を乗り継いで来た硬派の車好きだ。  今はビルトインガレージの家に住んでいて足車と趣味車の2台持ちだ。年を取ったので足車は妻でも乗れる楽ちんなオートマ車だが、趣味車は依然マニュアルのオープンスポーツカーだ。  で、同じ車好きの為にユーチューブに趣味車の動画を配信しているが、偶には趣を変えて妻とデートという感じの動画をアップしたく思い、妻をどう誘うか勘考した。  オヤジギャルの流れを汲む今時の若い女性は、男同様釣りを楽しむことや野球を楽しむことやプラモデル作りを楽しむことやスポーツカーを楽しむことがそんなに珍しくなくなったが、私の妻はそれらを楽しむ心が薬にしたくもないから誘うのは容易ではない。そこを押して何としてでもオープンスポーツカーで妻とデートする動画をアップしなければ気が済まなくなった私は、どうしたものかと思っていると、妻が観たい映画があるから連れてけと言い出した。これを良いことに私は言った。 「よし、じゃあ、そうだ、車でA映画館に行こう」  妻は同意したが、当日、オープンスポーツカーで行くと知って俄かに文句を言い出した。しかし、どうしても動画アップしたいんや、そしたら再生回数稼げて収益アップするしと言うと、渋々承知した。  案の定、乗り込む時、(スポーツカーはシートポジションが低いものだから)乗りづらっと早速文句を垂れ、走り出すと、(スポーツカーは音がデカいものだから)うるせえだの(スポーツカーは中がタイトなものだから)せめえだの(スポーツカーは足が固いものだから)乗り心地わるっだのと不平不満たらたらになった。が、カメラが回っている時はやっぱりオープンって気持ち良いとか運転する楽しい気持ち分かるとかあたしも楽しくなっちゃうとか言ってくれた。お陰で動画のコメント欄に奥さんとオープンスポーツカーでドライブなんて素敵ですねとか理解のある奥さんを持てるのが羨ましいとか仲の良さがびんびん伝わって来ましたとか好ましい声のみならずいいねも多数寄せられた。  何しろ例に漏れず本音と建て前を使い分けカメラの前ではネガティブなことやマイナスになることは言わないから…しかし、実のところ妻は倦怠期に入っていて普段、私に冷たくなりがちだ。  先日も海を一望出来る展望台に行ったら妻が展望台の柵に寄り掛かりながら展望台の下の方ばかり覗き込んでいたから何見てるのって聞いたらこの下の雑木林が気になるのよって答えた。その時はそうなのかと何となく納得してしまったが、よくよく考えてみると、私と海を眺める喜びを共有したくなかったのだなと勘付いた。折角、海まで連れて来てやったのにこんな仕打ちってあるか、ボディブローみたいにじわじわ効いてくる、そんな嫌味が出来る位、妻は私に対しアイスブラックコーヒーのように苦々しく冷め切っている。これは妻が夫に幻滅し続けた結果、その不平不満を暗に言っているメッセージ付きの復讐であって世間ではこのような目に遭う夫は少なくないのだ。  その夫たる私はと言うと、妻とドライブして全然楽しくなかった。私にとってエンジン音もエキゾーストノートも快音なのだが、妻にとっては騒音としか感じないからエンジンを高回転まで回したくても回せないし、無理強いしている立場上、妻に遠慮して楽しめないのだ。にもかかわらずカメラが回っている時、妻と走るのも良いものですななぞと言うのだ。おまけに映画も面白くなかったのに妻に合わせて面白かったですよと言うのだ。嗚呼、悲しいかなこれが現実だ。    
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