唐変木にいこう

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ずっと気になってる店がある。 上野の雑居ビルの3階。 看板に 「唐変木」 と書いてある。 カーテンは常に閉められ、中からは僅かに光がもれている。 看板には 「お気軽にどうぞ。手ぶらでOK」 とだけ。 いやいやいや、この説明で気軽に入れるか! 店にはたまに常連らしきサラリーマンや、ホームレスのような人が入っていったりしている。 何か変な勧誘をされるんじゃないかと二の足を踏んでいた。 ある日、どうしても気になった私は、 千鳥足で「唐変木」から出てきた中年の男に声をかけた。 「あの、すみません。ここはなんの店なんですか?」 「なんだ?にーちゃん、この店が気になるか?心配すんな入ってみろ、安くて腹一杯食えて、美味い店だ」 どうやら飲食店のようだ。しかも安くて量も多く、美味いらしい。 そうと聞けば行きたくて仕方がない。 「ありがとうございます。早速行ってきます。」 お礼もそこそこに、私は店のドアをくぐっていた。 広々とした店内の中央には、 太くてどっしりとした木が生えていた。 その木には、唐揚げが、まるで果実のように成っていた。 お客はそこから唐揚げを取り、美味そうに食べている。 呆気にとられていると、店員が寄ってきて 「当店はあちらの木から、唐揚げが食べ放題です。 お飲み物は別料金で、帰る時にご精算お願い致します。」 と皿をドリンクメニューを渡してきた。 なんと独創的な店だ。おもしろい。 唐揚げの食べ放題はよく見るが、手間をかけて木に取り付けるとは。 自分で収穫のように取り分けるのも、中々エンターテインメント性がある。 私は早速お酒を片手に唐揚げを収穫した。 唐揚げは最高だった。 揚げたてかのように暖かくカリカリで、肉は鶏肉とは思えない美味さで、柔らかく、ジューシーだ。 酒も進みお腹も膨れてきた。 そろそろ帰ろうかとポケットに手を入れる。 …まずい、財布を忘れた。 値段はいくらだろう。ツケは出来るだろうか… 店員に聞いてみるしかない 「あの、すみません。財布を忘れてしまって、ツケはききますか?絶対に払いに来ますので。」 「お客さん、大丈夫です。当店ではお金を頂かないプランもございます。最近足りてなかったので助かりますよ。」 「…え?」 立ち尽くしていると、衝撃があった。 これが麻酔銃なんだろうか、何かが刺さり、気が遠くなる感覚。 視界が暗くなり、最後に感じたのは肌に覆い被さる、しっとりとした土の感覚だった。 「それにしても、店長!今日の唐揚げは大盤振る舞いだな!しかも美味い!」 常連の男は興奮気味に言う。 「いいえ、私はなにもしておりませんよ。素材が良いだけです。」 店長は手に着いた土を払いながら微笑んだ。 「お客さん、また気軽に来てくださいね。手ぶらでOKです」
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