第一章 異世界に来ました

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「なぜ、二人もいるのだ?」  青年が、じろりと男たちを見回す。とたんに男たちに、緊張が走るのがわかった。 (二人……?)  そこで私は、はじめて榎本さんが横にいるのに気付いた。すっかり気を失った様子で、床に倒れ込んでいる。そして私たちがいるのは、見覚えの無い部屋だった。天井がやたらと高く、アンティーク調の家具が並んでいて、床には手触りのいい絨毯が敷き詰めてある。 (一体、何が起きてるの……?)  さっぱり把握できずにきょとんとしていると、一人の男が青年の前に進み出た。 「クリスティアン殿下。召喚は、確かに成功してございます。聖女は、この二人のどちらか。もう一人は、何らかの手違いで、共に召喚されてしまったのでしょう。遙か昔の文献に、そのような事例がございました」 「聖女がどちらなのかは、すぐにわかるのか?」 「本物の聖女であれば、我がイルディリア王国の紋章の刻印が、体のどこかにあるはず。それで見極められましょう」 「さすがグレゴール。何事も、よく知っておるな」  私は、飛び交う言葉を呪文のように聞いていた。 (殿下? 召喚? 聖女……?)  もしかしてこれは、よく聞く『異世界転移』とかいうやつなのだろうか。ラノベは読まない私だけれど、それくらいは知っている。 (そうか、私は聖女として、どこかの異世界に呼び寄せられたのね……!)  すると突如、榎本さんがぴょこんと飛び起きた。気を失っていたんじゃなかったのか。 「紋章の刻印って、もしかしてこれですか?」  言いながら榎本さんが、腕を突き出す。彼女の左手首の内側には、十円玉くらいの大きさの痣があった。何やら、動物のような模様だ。それを見たとたん、周囲はどよめいた。 「こここ、これは! まさしく王家の紋章!」 「聖女様だ! 百年ぶりに、いらしてくださった!」  皆、尊敬と憧れの眼差しで榎本さんを見つめている。私は、ぽかんと口を開けた。 (聖女、そっちかーい!) 「聖女殿、ようこそ」  青年が、榎本さんに向かって微笑む。笑った顔は、ますます美形だ。誰かに似ているな、と私は思いを巡らせた。 「まずは、お名前を伺おうか」  ちなみに、私のことは、ガン無視だ。イラッときた私だったが、次の瞬間、目は点になった。榎本さんが、すっくと立ち上がって、こう言ったからだ。 「その前に。あなたが誰で、今のこの状況がどういうことなのか、説明していただけますか? いきなり連れて来られて、聖女だの何だの言われても、納得できません」 (うわ~)  私は、思わず横目で榎本さんを見た。会社での態度と、全く変わらない。榎本さんは、上司や先輩にもこういうハキハキした物言いをするのだ。男性社員たちからは、『引く』と言われている。  このイケメンも、さぞやドン引きしただろう、と私は彼の様子をうかがった。ところが青年は、意外にもパッと顔を輝かせた。 「おお、聖女殿は、しっかりした性格であられるのだな……。確かに、その通りだ。自己紹介もせず、失礼した。私は、イルディリア王国第一王子のクリスティアンという」  何と、と私は目を見張った。王子様みたいだと思っていたら、まさかの本物だったとは。そういえば、殿下とか呼ばれていたっけ。榎本さんは、きちんと姿勢を正して挨拶した。 「私は、日本という国から来たマキ・エノモトと申します」 「では、マキ殿とお呼びしよう」  サクサクと進んで行く会話に、私は一人取り残されていた。  すると、先ほど紋章の刻印について王子に説明していたグレゴールとかいう男が、後を引き取った。年齢は、三十代前半か。背がすらりと高く、体格の良い男だ。ダークブラウンの髪に、漆黒の瞳が落ち着いた印象を与える。彼は、低い声で淡々と語った。 「マキ殿。あなたを召喚したのは、他でもない。このクリスティアン殿下は、イルディリア王国の王太子殿下にして、現国王陛下の血を引く唯一の男児であらせられる。ところが最近、原因不明の病にかかってしまわれたのだ。医師が手を尽くしても、治療法が見つからぬ。そこで歴史をひもといたところ、百年前に異世界から聖女を召喚し、王族の病を治した事例があった。その例に倣おうと、同じ儀式を試みたのだ」 「なるほど、ここはやはり異世界なのですね。そして私は、王子殿下のご病気を治せばよいと、そういうことなのですね」  榎本さんは動じることもなく、納得したように頷いた。そしてやおら、私の方を見る。 「こちらは私の同僚なのですが、彼女はどうなるのでしょうか? 先ほど、手違いでと聞こえましたが。間違って、一緒に呼び寄せられてしまったわけですよね?」  ようやく一同の視線が、私に集まる。出番だわ、と私は意気込んだ。小首をかしげる得意のポーズで、男たちの顔を見回す。 「間違いで、呼ばれちゃったんですか? 困ります~。知らない場所で、私、どうすればいいのかしら?」   さあどうだ、と私は男たちの反応を待った。するとグレゴールは、不安そうな顔をした。 「大丈夫か?」  予想通りのリアクションに、内心にまっとしてしまう。きっと、皆が我先にと助けを申し出るだろう……。だが、彼が続けた台詞は意外なものだった。 「首を、痛めたのか? 召喚の際に、怪我でもしたか」
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