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「――は?」
私は、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「いえ、特には……」
突風には驚いたが、特に痛い思いをしたわけではない。そう答えると、彼は舌打ちした。
「紛らわしい奴だ。違うなら、なぜそのように首を傾ける?」
私は、呆然とした。この『小首かしげテク』が通じない男が、まさかいたとは。だが、よく見ると他の男たちも、微妙な表情を浮かべている。誰も、ピンときていない様子だ。
「もうよい」
そこへ、一声を放ったのは王子だった。何だか、苛立った様子だ。
「私が用があるのは、こちらのマキ殿だけだ。その女の処置は、グレゴールに任せた。まったく、ずいぶんな差だな。マキ殿の冷静な対応に比べ、その女には自分で考えるという発想が無いようだ」
カチン、ときた。
(いきなり異世界なんか連れて来られたら、不安で当然でしょうが! というか、誰も私を可愛いとは思わないわけ!?)
だが他の男たちも、王子に同感といった様子だ。「やはり聖女様は違うな」という囁きさえ聞こえて、私はますます腹が立ってきた。
(いやいや、負けてたまるもんですか!)
榎本さんだけが聖女としてちやほやされるなんて、我慢ならない。元の世界へ帰れるかどうかわからない状況の今、何とか生き延びる作戦を考えねば。
このクリスティアン王子とやらに取り入ろう、と私は瞬時に計算した。王太子ということは、いずれは国王だ。取りあえず、身分が高いのは確定だ。
「ごめんなさい! 私、本当に不安だったんです。どうか見捨てないでいただけませんか? あなたしか、頼るお方が……」
目を潤ませながら立ち上がり、王子にすり寄る。さりげなく彼の腕に触れたその時、信じられないことが起きた。
「きゃあっ」
私は、勢いよく振り払われたのだ。容赦なく床に叩きつけられて、私は呆然とした。榎本さんが、心配そうに駆け寄って来る。
「北山さん、大丈夫……」
「放っておけ」
王子が、短く言い捨てる。信じられないくらい冷たい声音だった。
「マキ殿、行くぞ。グレゴール、あとは任せた」
王子が、さっさと踵を返す。家臣らしき男たちは、強引に榎本さんを連れて、彼の後を追った。私はわけがわからないまま、グレゴールと二人で取り残された。
(……ああ、そうか)
誰かに似ていると思ったのは、増田さんだ。彼が私をふった時の冷たい表情を思い出して、私はちょっと落ち込んだ。
(何が悪かったんだろう……?)
しばし考えてから、私ははたと思い当たった。王太子みたいな身分の高い人に触るのは、NGなのかもしれない。普通の男性だったら、ボディタッチを喜ばないはずがないもの。
(身分が高いというのも、厄介なものなのね。本当は、嬉しかったでしょうに……)
うんうんと一人頷いていると、威圧的な声がした。
「おい」
グレゴールだった。慌てて立ち上がり、彼の方を向き直る。するとグレゴールは、不意に私の顎を捕らえた。
「なっ……」
「お前、顔は悪くないな」
(悪くない、って何よ)
学生時代は、読者モデルをしていたくらいなのに。一瞬ムカッとしたものの、私は大げさにかぶりを振った。
「え~、そんなことないですよ~」
「というわけで、側妃を目指す気は無いか?」
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