第一章 異世界に来ました

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「――は?」  私は、思わず間抜けな声を上げてしまった。 「いえ、特には……」  突風には驚いたが、特に痛い思いをしたわけではない。そう答えると、彼は舌打ちした。 「紛らわしい奴だ。違うなら、なぜそのように首を傾ける?」  私は、呆然とした。この『小首かしげテク』が通じない男が、まさかいたとは。だが、よく見ると他の男たちも、微妙な表情を浮かべている。誰も、ピンときていない様子だ。 「もうよい」  そこへ、一声を放ったのは王子だった。何だか、苛立った様子だ。 「私が用があるのは、こちらのマキ殿だけだ。その女の処置は、グレゴールに任せた。まったく、ずいぶんな差だな。マキ殿の冷静な対応に比べ、その女には自分で考えるという発想が無いようだ」  カチン、ときた。 (いきなり異世界なんか連れて来られたら、不安で当然でしょうが! というか、誰も私を可愛いとは思わないわけ!?)  だが他の男たちも、王子に同感といった様子だ。「やはり聖女様は違うな」という囁きさえ聞こえて、私はますます腹が立ってきた。 (いやいや、負けてたまるもんですか!)  榎本さんだけが聖女としてちやほやされるなんて、我慢ならない。元の世界へ帰れるかどうかわからない状況の今、何とか生き延びる作戦を考えねば。  このクリスティアン王子とやらに取り入ろう、と私は瞬時に計算した。王太子ということは、いずれは国王だ。取りあえず、身分が高いのは確定だ。 「ごめんなさい! 私、本当に不安だったんです。どうか見捨てないでいただけませんか? あなたしか、頼るお方が……」  目を潤ませながら立ち上がり、王子にすり寄る。さりげなく彼の腕に触れたその時、信じられないことが起きた。 「きゃあっ」  私は、勢いよく振り払われたのだ。容赦なく床に叩きつけられて、私は呆然とした。榎本さんが、心配そうに駆け寄って来る。 「北山さん、大丈夫……」 「放っておけ」  王子が、短く言い捨てる。信じられないくらい冷たい声音だった。 「マキ殿、行くぞ。グレゴール、あとは任せた」  王子が、さっさと踵を返す。家臣らしき男たちは、強引に榎本さんを連れて、彼の後を追った。私はわけがわからないまま、グレゴールと二人で取り残された。 (……ああ、そうか)  誰かに似ていると思ったのは、増田さんだ。彼が私をふった時の冷たい表情を思い出して、私はちょっと落ち込んだ。 (何が悪かったんだろう……?)  しばし考えてから、私ははたと思い当たった。王太子みたいな身分の高い人に触るのは、NGなのかもしれない。普通の男性だったら、ボディタッチを喜ばないはずがないもの。 (身分が高いというのも、厄介なものなのね。本当は、嬉しかったでしょうに……)  うんうんと一人頷いていると、威圧的な声がした。 「おい」  グレゴールだった。慌てて立ち上がり、彼の方を向き直る。するとグレゴールは、不意に私の顎を捕らえた。 「なっ……」 「お前、顔は悪くないな」 (悪くない、って何よ)  学生時代は、読者モデルをしていたくらいなのに。一瞬ムカッとしたものの、私は大げさにかぶりを振った。 「え~、そんなことないですよ~」 「というわけで、側妃を目指す気は無いか?」
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