第一章 異世界に来ました

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 スルーかよ、とまたもや苛ついた私だったが、はたと彼の言葉を反芻した。 (側妃って言った? つまり、第二夫人とか第三夫人とか?) 「まんざらでもなさそうだな」  グレゴールは、にやりと笑った。間近で見ると、彼も相当端正なイケメンだ。肌は浅黒く、眉は濃く、目鼻立ちのくっきりしたワイルドな顔立ちである。 「クリスティアン殿下は、現在十七歳であらせられるが、三ヶ月後に他国の姫君との結婚を控えられている。だからこそ、早く病をお治ししないといけないのだが……。ところが姫君はお体が弱く、お子を成せない可能性があるのだ。もしも側妃として殿下のご寵愛を受け、お子をもうけることができれば、こんな名誉なことはなかろう?」  私は、忙しく頭を巡らせた。二十歳過ぎとばかり思っていた王子が、まだ十七歳とは。私より五つも年下だが、それはこの際、いい。正室に子供ができなくて、跡継ぎを産んだ側室が権力を持つというのも、歴史ドラマで観たことがあるし。とはいえ、即答すると値打ちが下がるだろう。私は、首をかしげて悩む風を見せた。 「ええ~、でも、私なんかぁ。王子様よりも年上だし、全然可愛くもないのに、無理ですよぉ」  グレゴールは、とたんに私の顎をパッと放した。 「そうか。自信が無いなら結構」 「――はい?」  私は、目をぱちぱちさせた。まさか、真に受けたのだろうか。だがグレゴールは、本当に踵を返した。 「チャンスをやろうかと思ったのに、残念だな。あいにく、異世界から召喚した者を元の世界へ返す手段は、見つかっていない。クリスティアン殿下は、お前の処分を俺に任せたと仰った。仕方ない、娼館にでも売り飛ばし……」 「待って、待ってください!!」  私は、大慌てでグレゴールにすがった。何というのかわからない、彼の着ている丈の長い上着の裾を、ちょんと摘まむ。 「側妃、目指します。私でよければ!」 「やれやれ。やっとその気になったか」  グレゴールは、再び私の方を向き直った。 「お前はクリスティアン殿下が気に入らないようだが、この際そんなことを言っている場合ではないとわかったか」 「気に入らない? いえ、そんな!」  どうしてそう思われたのだろう、と私は不思議に思った。グレゴールが、眉をひそめる。 「ならば、なぜ殿下のお体に触れるような真似をした? あれは、嫌いな男に取る態度だぞ」 「えええ!? そうなんですか? この世界では?」  私は、仰天した。彼の身分が高いから、ではなかったのか。日本とは、まるで逆ではないか。 「お前のいた世界では違うのか? じゃあ、俺のことも嫌いではないということか」  グレゴールは、くすりと笑うと、自分の上着の裾に視線を走らせた。そこを握りしめていたことに気づき、私は慌てて手を放した。 (異世界だから、価値観が違う、とか……?)  『小首かしげテク』が通じなかったのも、『困ったアピール』に皆が無反応だったのも、それならば納得できる気がした。 「お前は、色々と矯正する必要がありそうだな」  グレゴールも同じことを考えたのか、ため息をついた。 「しばらく俺の家に住んで、特訓するがよい。言動を改めて、妃にふさわしい女性になるのだ。どのみち、この世界について学ばねばならないだろう?」 「あなたの家、ですか」  私は、グレゴールをチラリと見上げた。そういえば、彼が何者なのか、私はまだ知らされていない。クリスティアンとのやり取りからして、ある程度地位の高い人間だろう、ということは想像がつくけれど。 「グレゴール・ハイネマンだ。このイルディリア王国の宰相を務めさせていただいている」  私の疑問に気づいたのか、グレゴールはあっさりと自己紹介した。 「姉が未婚で、まだ家にいるから、彼女から色々と教わるとよい」  お姉さんが一緒なら、危険なこともないかな、と私は判断した。というより、断ったら娼館行きだ。 「北山春香といいます。よろしくお願いします」 「では、ハルカ。早速、特訓の始まりだ」  グレゴールは、にっこりと笑った。それまで怖い顔つきだっただけに、私はほっとした。それに、イケメンの笑顔は破壊力がある。だが彼は、こう続けたのだった。 「取りあえず、その首を傾ける仕草は止めろ。紛らわしくて、イライラする」
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