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「やったじゃない、ハルカ!」
「おめでとう。次はあなたね!」
マリアたちに祝福されながら、私は呆然と、花束を抱えていた。それは、まるで吸い寄せられるかのように、私の胸に収まったのだ。
「あら、キャッチされたのって、あなた?」
マルガレータが、いそいそと私に近付いて来る。私は、慌ててドレスの裾をつまんで挨拶した。
「この度は、おめでとうございます。そして貴重なブーケを、ありがとうございました」
「堅苦しい挨拶はいいわよ! あなた、異世界から来られたのですって? ギュウドンとかいう美味しい食べ物を作れるそうね」
もう伝わっていたとは、と私は目を丸くした。今や彼女の夫となったクリスティアンも、やって来る。
「彼女は、ギュウドンにひどく興味を持っていてな。米の輸入にも、たいそう意欲を燃やしている。そなたの世界での料理が、正確に再現できるかもしれないぞ」
「ありがとうございます!」
リアル牛丼が、イルディリア王国で流行るかもしれない。私は、期待に胸が膨らむのを感じた。するとそこへ、グレゴールが口を挟んだ。
「クリスティアン殿下。本日は、まことにおめでとう存じます。私も、感無量でございました」
そして彼は、やや言いづらそうに続けた。
「ご多忙のところを恐縮ですが、この後……」
「ああ、わかっておる。世話になったマキ殿のことだからな」
クリスティアンは、神妙に頷いた。
榎本さんは、日本へ帰るのである。クリスティアンが健康を取り戻し、挙式の日を迎えた以上、彼女の役目は終わった。というわけで、早速帰還の儀式をして欲しいと、榎本さんは言い出したのだ。儀式を行うのはグレゴールだが、クリスティアンと私も、見送る予定である。
「では、早速離宮へ向かうとしよう。ではマルガレータ、すまぬがここで失礼する」
「はい、承知しましたわ」
マルガレータは、あっさり頷いた。グレゴールは、もう二台の馬車を手配している。クリスティアンとお付きの者たち、そしてグレゴールと私は、分散して乗り込んだ。
離宮に到着すると、グレゴールはクリスティアンを引き留めた。
「殿下。儀式の前に、少々お話をしてもよろしいでしょうか。……私事でございますが」
「何だ? そなたがそのようなことを申すなど、珍しいな」
クリスティアンは怪訝そうにしながらも、快諾した。
グレゴールが、私も来るようにと言うので、従う。クリスティアンは、私室らしき部屋にグレゴールと私を通すと、家臣らを去らせた。
「で、話とは?」
ソファにゆったりと腰かけながら、クリスティアンが尋ねる。するとグレゴールは、信じられない行動に出た。彼は、私の肩を抱くと、クリスティアンの目を見つめて告げたのだ。
「お忙しい中お時間を取っていただき、感謝申し上げます。私は、このハルカを妻に娶りたいと考えております。ついては、許可をいただけませんでしょうか」
私は、息を呑んだ。
(グレゴール様、本気で……? というか、突然すぎ……)
「……ほう」
クリスティアンは、黙って私たちの顔を見比べていたが、やがて腕を組んだ。
「それは賛成しかねるな。私は、ハルカ嬢を気に入っておる」
私は、思わずグレゴールの横顔を見た。
(これ、まずいのじゃ……?)
クリスティアンは、淡々と語っている。
「マルガレータとの結婚が無事成立したのは、そなたのおかげだ。その件は感謝しておるし、彼女の虚弱説が偽りであったことも判明した。だが、それとこれとは別の話。私は、是非このハルカ嬢を、側妃に迎えたいと考えておる」
私は、おろおろとクリスティアンとグレゴールを見比べた。グレゴールは、どう答える気だろう……。
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