第十二章 プロポーズがすっ飛ばされてます?

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「……さようでございますか」  グレゴールは、静かに答えた。 「ですが、そのお言葉には従えませぬ。例え殿下に逆らってでも、私はハルカをお譲りするつもりはございません」  沈黙が流れる。私は、背中に冷や汗が伝うのを感じた。王太子に正面切って逆らうなんて、一体この後どうなることか。クリスティアンのことだから、無茶苦茶な処分は下さないだろうが……。 「わははっ」  突如、豪快な笑い声が響いた。私は、目を疑った。クリスティアンは、実に愉快そうに笑っていたのだ。グレゴールも、珍しく拍子抜けした顔をしている。 「初めてだな、そなたが私の言葉に逆らったのは」  クリスティアンは、まだ笑みの残る顔で言った。 「グレゴール、そなたはこれまで、実に忠実な家臣であった。己を押し殺し、父上や私に、ひたすら尽くして……。だから」  クリスティアンは、ふと真剣な表情に戻った。 「いい加減、自分の希望を通してもいいのではないか?」  グレゴールが、目を見張る。 「それは、結婚をお許しいただけるということでございますか」 「当然であろう。先ほどは、そなたを試したのだ」  クリスティアンが、悪戯っぽい微笑を浮かべる。 「ハルカ嬢を気に入ったのは事実だが、新婚早々、側妃など迎えるわけはなかろう。せっかく、ロスキラとの関係も改善したというのに……。第一、家臣の女を奪うほど、私は女には不自由しておらぬ」  ほうっと、安堵のため息が漏れる。クリスティアンは、なおも愉快そうに続けた。 「ハルカ嬢と関わるようになって、グレゴールは人間らしくなったな。そなた、父上に、エマヌエルを幽閉するよう強硬主張したそうではないか。そこまでの罪に問うほど、あやつは関与していないであろう。私情ではないのか?」  そうだったのだろうか、と私はグレゴールを見た。彼が、けろりと答える。 「ですがエマヌエルは、ハルカを監禁し暴行しようとしただけでなく、以前にも多数の女性を、暴力や薬でもって乱暴した過去がございます。その点も考慮しております」 「まあ、そういうことにしておこうか」  クスリと笑うと、クリスティアンは立ち上がった。 「何はともあれ、愛した女だ。幸せにしてやれ」 「はっ。寛大なお言葉、ありがとうございます」  グレゴールが、クリスティアンに向かって丁重な礼をする。私も、彼に倣ったのだった。  クリスティアンは、榎本さんに礼を述べると言って、部屋を出て行った。私たちも、続いて退室する。するとグレゴールは、しみじみと呟いた。 「確かに、初めてだ。クリスティアン殿下のお言葉に逆らったのは」 「グレゴール様……」 「芝居は、夢物語などではなかったな。強い意志さえあれば、夢は実現するものだ」  グレゴールが、ふっと笑う。私は、彼と一緒に鑑賞した芝居のことを、はたと思い出した。あれは、王子の婚約者と、王子に仕える家臣との悲恋物語だった。そして主人公である家臣は、主君に逆らって愛する女性を選び、最後は二人とも死ぬのである。 (グレゴール様、もしかしてあの時、主人公とご自分を重ねてらした……?)  主人公は勇気ある決断をした、と呟いていたグレゴールの姿が蘇る。私は、思わず彼に念を押していた。 「あの……。本気で私と、結婚されるおつもりですか?」  グレゴールは、呆れ顔をした。 「今、殿下のご許可を得たばかりではないか。話を聞いていたのか?」 「いや、それはそうですけれど……。でも私なんか、異世界から来た、ただの居候ですよ? 身分も何もありません。私で、本当にいいのかと……」  するとグレゴールは、ふっと微笑んだ。 「俺が認めたから、いいんだ。お前のその能力と根性なら、イルディリアの社交界でも十分やっていける。それに何より、これだ」  グレゴールは懐から、紙の束を取り出した。 「何です、それ?」 「ハイネマン領の領民たちからの、嘆願書だ。あの女性にまた来て欲しい、と。お前、領地にいる間に、ずいぶん貢献したそうだな」 「まあ……」  私は、目を見張った。
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