第十二章 プロポーズがすっ飛ばされてます?

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「領民たちから信頼を得ることは、領主夫人の一番の条件だ。俺の目に狂いは無かった」  グレゴールは自信たっぷりに語っているが、私はふと気付いた。 「あのですね、グレゴール様。よくよく考えたら、私はあなたから、一度もプロポーズされていない気がするのですが。私が断るという可能性は、考えられなかったのですか?」 「考えなかった」  グレゴールは、即答した。 「俺を愛しているのだろう? 戦火まっただ中の王都へ、飛んで帰って来るくらいにな」 「いや、それはそうですけど……」  何という自信だ。それに、とグレゴールがけろりと続ける。 「もう王太子殿下の御前で宣言したのだ。撤回は不可能だぞ」 「究極の外堀固めじゃないですか……」  口では文句を言いつつも、私の胸は温かいものでいっぱいだった。絶対に手が届かないと思っていた人の、妻になれるのだ。 (夢みたい……)  ブーケのジンクスは本当だったなあ、としみじみ思っていると、クリスティアンが戻って来た。 「マキ殿へのご挨拶は終わったぞ。ハルカ嬢は? 友人に別れを告げなくていいのか」 「あ、はい。伺います!」  私はグレゴールに連れられて、儀式に用いるという部屋へと向かった。そこには、見覚えがあった。最初に召喚された時の部屋だ。 「では、最後に思う存分話すがよい」  グレゴールは、そう言い残して去って行った。  恐る恐る中へ入ると、榎本さんがぽつんと床で膝を抱えていた。召喚された時に着ていた、パンツスーツを身に着けている。 「セシリアとウォルターは?」 「元いた世界へ帰ったよ。彼らの役目も、終わったしね。まあ、もう力を借りるような事態にならなきゃいいんだけど……」  そういえば聖獣は、この世界に常駐しているわけではないのだった、と私は思い出した。彼らが招かれるのは、イルディリア王国内で災厄が起きた時だ。確かに、そうならないに越したことはないのだろうけれど……。 「お礼、言いたかったのになあ。助けてくれて」 「気にしなくていいよ。美味しい食事のお礼だって、セシリアたち、そう言ってた。一緒に過ごせて楽しかった、ともね」 「それなら、いいんだけど……」  榎本さんが、念を押すように、尋ねる。 「北山さんは、本当にここへ残るんだね? 後悔、しないね?」 「うん。実は……」  グレゴールとの結婚が決まった、と伝えると、榎本さんはやっぱり、という顔をした。 「超熱烈にキスしてたもんね?」 「何で、それを……、あっ」  私は、ハッと思い出した。 「セシリア~、ウォルター~……」  真っ赤になって顔を覆った私の肩を、榎本さんはぽんぽんと叩いた。 「いやいや、よかったじゃん? 巻き込んじゃって悪かったって、ずっと思ってたけど、北山さんが幸せならそれでいいのかなって、今は思えるよ……」 「幸せだよ」  私は、力強く頷いた。
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