第十二章 プロポーズがすっ飛ばされてます?

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 いつの間に戻って来たのか、グレゴールが待機している。 「別れは済んだか?」 「はい」  彼が部屋へ入るのを見届けると、私は廊下に佇んで、榎本さんの言葉を反芻した。 (女は誰でもあざとい、か……)  日本にいた時は、『あざかわ女子』と散々陰口を叩かれてきた私だったけれど。もしかすると、それほど卑下する必要は無かったのかもしれなかった。 (ま、いいや。取りあえずこれからは、ありのままの自分で行こう。そこを、グレゴール様も気に入ってくださったのだし……)  そういえば、今後は彼を何と呼べばいいのかな、と私は思った。 (夫婦になるってことは、やっぱり呼び捨て? でも当主様だから、様は付けた方がいいのかな……) うっすらにやけていると、扉が開いた。 「儀式、もう終わったんですか!?」 「ああ」  慌てて室内をのぞき込めば、中はもぬけの殻だった。あっという間過ぎて、寂しい。呆然としていると、グレゴールは咳払いをした。 「ところでハルカ、お前に聞きたいことがあるのだが」 「何です?」  グレゴールの表情は妙に険しくて、私はきょとんとした。 「お前は、以前の世界に想う男がいたのか。マスダサンとか何とか、聞こえたが」 「ちょっ……、何立ち聞きしてんですか!」  私は、かっと顔が熱くなるのを感じた。 「立ち聞きではない。そろそろ別れの挨拶も済んだかと思って、部屋の前まで来たら、何やら気になる会話が聞こえてきた。それで少し足を留めていただけだ」 「それが立ち聞きでなくて、何ですか!」  私は、口を尖らせた。 「確かに、前の世界でその人を好きでしたけど。でも、昔の話です。もう彼のことは、何とも思っていません」 「本当か?」  グレゴールが、疑わしげな眼差しをする。私は、イラッとした。 「そうですよっ。大体、この世界へ残るということが、何よりの証拠じゃないですか」 「……確かにその通りだな」  ようやく納得したように、グレゴールが頷く。私は、彼をじろりとにらんだ。 「グレゴール様、案外ヤキモチ焼きですね」 「当然だろう」 グレゴールは、なぜか胸を張った。 「お前には、牡馬一頭ですら近付かせないつもりであるから、覚悟しておけ」  グレゴールが、私をきつく抱き寄せる。何だか、すごい宣言をされた気がするのだけれど。意外なほどの独占欲に驚きつつも、それを不快に感じない自分がいた。  瞳を閉じれば、唇が重ねられる。グレゴールの温もりに浸りながら、私は心の中で呟いた。 (さよなら、榎本さん。私は、この世界で幸せになるよ。だから、あなたもね……)
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