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いつの間に戻って来たのか、グレゴールが待機している。
「別れは済んだか?」
「はい」
彼が部屋へ入るのを見届けると、私は廊下に佇んで、榎本さんの言葉を反芻した。
(女は誰でもあざとい、か……)
日本にいた時は、『あざかわ女子』と散々陰口を叩かれてきた私だったけれど。もしかすると、それほど卑下する必要は無かったのかもしれなかった。
(ま、いいや。取りあえずこれからは、ありのままの自分で行こう。そこを、グレゴール様も気に入ってくださったのだし……)
そういえば、今後は彼を何と呼べばいいのかな、と私は思った。
(夫婦になるってことは、やっぱり呼び捨て? でも当主様だから、様は付けた方がいいのかな……)
うっすらにやけていると、扉が開いた。
「儀式、もう終わったんですか!?」
「ああ」
慌てて室内をのぞき込めば、中はもぬけの殻だった。あっという間過ぎて、寂しい。呆然としていると、グレゴールは咳払いをした。
「ところでハルカ、お前に聞きたいことがあるのだが」
「何です?」
グレゴールの表情は妙に険しくて、私はきょとんとした。
「お前は、以前の世界に想う男がいたのか。マスダサンとか何とか、聞こえたが」
「ちょっ……、何立ち聞きしてんですか!」
私は、かっと顔が熱くなるのを感じた。
「立ち聞きではない。そろそろ別れの挨拶も済んだかと思って、部屋の前まで来たら、何やら気になる会話が聞こえてきた。それで少し足を留めていただけだ」
「それが立ち聞きでなくて、何ですか!」
私は、口を尖らせた。
「確かに、前の世界でその人を好きでしたけど。でも、昔の話です。もう彼のことは、何とも思っていません」
「本当か?」
グレゴールが、疑わしげな眼差しをする。私は、イラッとした。
「そうですよっ。大体、この世界へ残るということが、何よりの証拠じゃないですか」
「……確かにその通りだな」
ようやく納得したように、グレゴールが頷く。私は、彼をじろりとにらんだ。
「グレゴール様、案外ヤキモチ焼きですね」
「当然だろう」
グレゴールは、なぜか胸を張った。
「お前には、牡馬一頭ですら近付かせないつもりであるから、覚悟しておけ」
グレゴールが、私をきつく抱き寄せる。何だか、すごい宣言をされた気がするのだけれど。意外なほどの独占欲に驚きつつも、それを不快に感じない自分がいた。
瞳を閉じれば、唇が重ねられる。グレゴールの温もりに浸りながら、私は心の中で呟いた。
(さよなら、榎本さん。私は、この世界で幸せになるよ。だから、あなたもね……)
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