スイート ベラドンナ

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薄暗い空間、いかにもお化けが出てきそうなおどろおどろしいBGM、ドライアイスの煙、吊るされた模造の蜘蛛の巣、こんにゃく、ハリボテの生首、古井戸の脇で皿を数えるお岩、血糊の付いた特殊メイクのモンスターのような男。 芝居がかった女性の悲鳴が聞こえ、緑子もそれに便乗するかのように「キャ-ー!」と叫んで,勇希にしがみつく。 そのわざとらしさを少々疎ましく感じながら、勇希は小さな女の子が恐怖で大泣きして父親に抱えられて退場していく気配に、微笑ましさをおぼえた。 子供の頃の純粋な恐怖体型のリアクションは、大人になると計算ずくの演技にすり替えられるのだ。 勇希は緑子にしがみつかれたまま、ピタリと足を止め、その女を凝視した。 ウィッグなのか金髪を垂らした女は、勇希を何万人もの中から探し当てたというように、まっすぐ視線を向けていた。 西洋人風なのは金髪のせいだけでなく、胸元を広く開けたオールドファッションなロングドレスなどからも異国情緒が漂っていた。 その顔は幽霊ぽいメイクなど施しておらず、ナチュラルに美しかった。 ただそれは尋常の美しさではなく、現実味の欠落した幻影か夢魔のような美だった。 醜悪なものより美しいもののほうが、より根源的な恐怖を感じさせるのかもしれない。 その美に魅入られて、危険な世界へ引きずり込まれていきそうな恐怖。 夢幻の中から、あるいは彼自身の夢想の中から現れたようなその女は、一瞬目が合ったかと思うと、強い目力で彼を虜にした。 その瞳は猫の目のように大きく、妖しく輝いていた。 勇希は自分が怪物ゴルゴンをまともに見たように石化してしまうのではないかと、おののいた。 その時、彼の様子がおかしいことに気付いた緑子が、彼の腕を軽く叩いて「どうしたの」と訊いた。 緑子の存在は彼の意識から消え去っていたので、我に返った勇希は驚いて緑子の方を見た。 「あ、あそこにいる外人の女の幽霊が……」 そう言いかけて、彼は女の姿が掻き消えていることに気付いて言葉を途切らせた。 「外人の女の幽霊? そんなのいた?」 緑子には見えていなかったようで、不思議そうに問い返してきた。 その後、すぐにお化け屋敷を出て、ベンチに腰かけて上の空でソフトクリームを食べると、勇希は少し気分が悪いからと言って、その場で緑子と別れることにした。 「大丈夫?ちょっと顔色が悪いみたいだけど」 緑子は、お化け屋敷で見たという外人の女の幽霊のせいではないかと訝った。 お化け屋敷など、冷徹な好奇心で制覇してしまいそうな勇希が、人間が演じているとわかりきっていながらその幽霊にショックを受けるとは理解に苦しむと、緑子は思った。 しかし嫌われたくないので、それ以上突っ込んで訊くことは控えた。 涼しい日陰のベンチでしばらく休んでから帰るという勇希を残して、緑子は先に帰った。
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