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その時、女が喋った。
「私の名前は、ベラドンナ」
軋むような金属的な声で、生身の人間とは思えないその女に似つかわしかった。
ベラドンナ?
それが「美しい貴婦人」という意味だと、勇希は知っていた。
女が何者なのか、疑問はひしめくほどあったが、勇希は黙して様子を見た。
すると、「ベラドンナ」という囁き声が壁に重層的に反響して、聴覚にあふれた。
耳をふさいでも脳の中で反響するだろうと推測し、勇希はそれが鳴りやむまで待った。
鳴りやむと、その「ベラドンナ」という反響が序奏であったかのように、女が話し出した。
「私は過去からお前を探しにやって来た。仇を討つために」
美しい女性の口から出た恐ろしい言葉に勇希はたじろいだが、幽霊のような女であればそれも想定内だと、彼は踏みこたえた。
過去というと……。
彼の内心の疑問に答えるように、ベラドンナは告げた。
「200年ほど前のことだ。お前は私を斬った男とは別人に見えるが、おそらく生まれ変わりだろう」
女が告白した事実の1つ1つが、勇希の心に刺さった。
200年前……、江戸時代か。前世の僕が、ベラドンナという女を斬った?
全く身に覚えのない言いがかりだと勇希は反発したが、口には出さなかった。
仇を討つということは、僕を殺すということなのか?
だとすると、これは絶体絶命の状況ではないだろうか。
彼は棒立ちになったまま、「これは夢なのだから破裂させればそれで済む」と「どんなに非現実的な展開であろうと、あくまで現実だ」という2つの主張がぶつかり合うのを感じた。
ベラドンナはそんな勇希に、美と恐怖の深淵を湛えた瞳から視線の閃光を放った。
その瞬間、彼は時間の中を無理やり引き戻されるような圧力を感じた。
気付くと、着物の着流しに大小の刀をさし、月代(さかやき)を剃った武士の姿になっていた。
「こ、これは……」
「そう。それが私を斬り殺した前世のお前だ」
勇希は、生まれ変わりだか何だか知らないが、自分ではない者に対する報復を受けるのは理不尽だと思った。
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