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「は……?」  男は呆然とした。そうするしかない。愛しの天使であるノリコが、血飛沫を上げて倒れた。人形のように、ドサッと。  そして目の前では、形だけの恋人が、ナイフを持って笑っている。 「典子(てんこ)……!」  典子はウフフと微笑む。 「楽しかった? 可愛らしい女の子と、浮気ごっこするの」  男は弁明の句をつごうとするが、出てこない。ただ、ぱくぱくと、無様に、口がから回る。 「私ね、頑張ったと思うよ? 私が夜勤の日でも、あなたがすぐにご飯を食べられるようにって、作り置きしてさ。それなのに、気まぐれで先にお風呂って言い出したり、今日だって、可愛い彼女とご飯を食べる約束をしているのに、夕ご飯いらないって連絡もいれないでさ」  鞄に手を突っ込んだ典子が、バサッと紙束をぶちまけた。  その一枚を手に取った男は、追い打ちを受ける。それは、昨日、ネラ・ラパンの店から出てきた自分だった。 「ウキウキでプレゼントなんか買いに行ってさ……このブランドのサイトをブクマしておくなんて、不用心すぎるよね。私のこと、そんなに馬鹿だと思ってた? あなたの携帯の暗証番号も、解けないだろうと思ってた?」 「か、勝手に見たのか⁉︎」 「他人の罪を咎められる立場?」  典子の声が氷点下までおちた。ナイフの刃先が男に向けられる。 「でもね、あなたたちが間抜けで助かったよ。メッセージアプリでやり取りしてくれたおかげで、行動が筒抜けだったから。だから、決心できたんだもん」  典子はニッコリと笑う。 「浮気の背徳感に盛り上がる愚か者達に、直接会おうって」  断罪のナイフが、男の心臓を突き刺した。 「そうだ、浮気現場に行こう、って」  男が最期に見た景色は、恨みと狂気を爆発させた女の、返り血に染まった笑顔だった。
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